2019 Fiscal Year Research-status Report
ドイツ語圏モダニズム文学の「孤独死」イメージ―ツヴァイクとシュニッツラーを例に
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19K23074
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Research Institution | Mie University |
Principal Investigator |
籠 碧 三重大学, 人文学部, 特任講師(教育担当) (50849023)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | シュテファン・ツヴァイク / アルトゥル・シュニッツラー / 孤独 / 医学 / ドイツ語圏文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
「孤独死」は現代日本における固有の現象だが、産業化や都市化の進んだモダニズム時代のドイツ語圏の文学作品にも「人が孤独に死ぬ」シーンが頻出する。本研究はとりわけシュテファン・ツヴァイクとアルトゥル・シュニッツラーの作品において「人が孤独に死ぬ」ことがどのように描かれているかを考察し、現代の「孤独死」問題を考える一助とすることを目指す。 昨年度は、以下の2つの仕事を同時並行で進めた。 (1)ツヴァイクが第一次世界大戦後に発表した小説『永遠の兄の目』に関する研究を実施した。ツヴァイクは各地に伝わる神話や伝説を翻案した物語をいくつか書いていたが、この作品は古代インドの叙事詩『バガヴァッド・ギーター』の翻案である。あらゆる罪を避けようとする主人公は、最終的に人間と一切関わらず動物の世話をして生きることに幸せを見出し、孤独の中で幸福に死んでいく。昨年度はまず『ギーター』と本作の間のギャップに注目した。『ギーター』と『兄の目』で決定的に違うのは、後者の主人公が最終的に「引きこもる」ことである。ツヴァイクは伝説を単に語り直すのではなく、むしろアクチュアルな問題を扱う目的でしばしば翻案元を大きく捻じ曲げるのだが、この翻案の意味について、現在その日記や書簡等と照らし合わせつつ検討を進めている。 また、昨年度はこの作品の翻訳と解題執筆(ツヴァイク『聖伝』に収録、宇和川雄関西学院大学准教授との共訳・共著、幻戯書房より出版予定)に取り組み、入稿した。この解題執筆を行う過程で、二度の大戦を経験したツヴァイクの政治的活動と『兄の目』の関わりについて考察する糸口を得た。 (2)孤独死はそもそも「医療の網の目から零れ落ちる現象」と言えるが、申請者は、ツヴァイクやシュニッツラーらの作品が、精神医学の構築する「正常/病」の網の目をいかに潜り抜けてきたかについて考察し、博士論文にまとめ、京都大学に提出した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初は、(2)博士論文の執筆をより早い時期に完成させ、(1)『永遠の兄の目』をめぐるツヴァイク研究の作業に集中する予定だった。しかしこの博士論文は、ツヴァイクやシュニッツラーがその作品中に描いた「医療の網の目をすり抜ける現象」に関する考察を、アクチュアルな問題意識のもとで行うものに他ならず、当初想定していた以上に本研究と関連するところの多いものであると判断した。そのため、それぞれの作家の残したテクストを慎重に検討、考察せざるを得ず、結果として脱稿が遅れることになった。結果的に研究全体に遅れが生じたとはいえ、この回り道は、一次文献の調査に重点を置く今後の作業に実りをもたらすことを見込んでいる。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は次の2つの仕事を進める予定である。 まず、前年度に引き続き、『永遠の兄の目』を中心に据えてシュテファン・ツヴァイクの研究を行う。日記や、膨大な量の書簡の精査に加えて、とりわけ、ツヴァイクが第一次世界大戦中に残したエッセイ『うれい知らぬ人びとのもとで』や、自殺の前に書き残したエッセイ『モンテーニュ』の二つのテクストを、「孤独への偏愛」と「社会に対する責任」の間の葛藤を映し出すものとして考察の視野におさめる予定である。現時点では日本独文学会京都支部の研究発表会で途中経過を口頭発表する予定であり、さらに、今年度中に論文にまとめることを目指している。 上記の仕事と並行して、なるべく早い段階でシュニッツラーに関する研究にも手をつけたい。具体的には、中編小説『死』と長編小説『自由への道』における孤独のイメージの比較を予定している。この両作品における孤独の描かれ方の相違について、伝記的要素も考慮しつつ検討することで、作者の「孤独」と「死」に対するアンビヴァレントな態度の内実を分析したい。 新型コロナウイルス感染症の影響で、文献へのアクセスが難しくなりつつある。可能な範囲で計画通りに進められるように努めたい。
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Causes of Carryover |
物品購入や研究出張への充当を予定していたが、足が出ることを防ぐため、結果的に予算を使い切ることができなかった。2020年度に物品購入等に充てたいと考えている。
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Research Products
(1 results)