2019 Fiscal Year Research-status Report
ムスリム移住者との共生:国際人権法から見たデンマーク新政策の事例
Project/Area Number |
19K23166
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Research Institution | Osaka Jogakuin College |
Principal Investigator |
高橋 宗瑠 大阪女学院大学, 国際・英語学部, 教授 (40844600)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | 共生 / 移住者 / 人権 / 国際人権法 / ムスリム / デンマーク |
Outline of Annual Research Achievements |
2月の調査までに資料や学術論文を精読し、また、調査中に多数の関係者に接触して、ゲットー政策及びそれが導入された社会的背景に関してより深い理解を得ることができた。特に、「ゲットー」にまつわる諸政策の大枠は90年代から続いているものであり、ほぼ一貫して「共生」より「移住者に同化を強要する」方向に進んできたことが分かった。イスラマフォビアと言われるムスリム排斥の動きが欧米各国で顕著化したことは、当初の研究計画で記述した通りである。デンマークは特に「単一民族」との意識が強く、憲法においてもルーテル教会が優位的な地位を有することで、「国民」と「民族及び宗教」を同一視する思想が強いと多方面に指摘されている。デンマークの国籍に関する法律では、デンマーク国籍保有者でも「非欧米出身移住者の子孫」と公的なカテゴリーに分類される可能性がある。すなわちデンマーク国籍保有者の間にも法的に区別があり、実際上、「非欧米出身移住者の子孫」は「真のデンマーク人でない」と「問題化」されてしまいがちといえる。
2月の調査で主要な市民団体と会い、人種差別撤廃委員会によるデンマークの定期審査(4月末、ジュネーブで開催予定)に、報告書を提出するように促した。そのアドバイスは受け入れられ、帰国後にいくつものドラフトにコメントをする機会を得た。しかしコロナウィルス蔓延の影響で定期審査が延期となり、現時点では詳細は未定である。
12月に開催されたクアラルンプール・サミットに、スピーカとして招待された。サミットはムスリム諸国の国家元首を始め著名な知識人を集め、国際ムスリム共同体(ウンマ)が直面する諸課題を討議する国際会議で、本研究にも言及し、国際的なイスラマフォビアの動向に関して発表をした。自分のパネルにはマレーシア外相を始め著名な研究者などが同席しており、「日本にもこの研究をしている人が」と多数の肯定的なコメントを得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
概ね順調に進んでいると言える。2月の調査までの間に資料や学術論文を精読し、調査で市民団体や研究者に接触して情報を得て、いくつかの不明点を明らかにすることができた。2月は基本的に顔合わせ及び信頼関係の構築が目的で、ゲットーの住民に紹介してもらうのは9月の調査に、と当初からの予定であった。そういう意味で2月に早くも住民団体のリーダー格の一人に紹介してもらえ、接触できたのは期待以上の成果と言える。
また、ザルツブルグ大学で汎ヨーロッパ的な視点でイスラマフォビア問題を研究しており、毎年発行されているEuropean Islamophobia Reportなる著名な報告書の編集者の一人である研究者に接触し、本研究に関して意見交換をし、今後オーストリアなど他国における研究発表などの可能性に関しても引き続き話し合うことになった。
年度末に近い2月に調査に行った(帰国は2月26日)ため、2019年度内に調査結果発表の機会はなかった。カリフォルニア州立大学バークレー校で毎年開催されているAnnual International Islamophobia Conferenceは4月に開催予定となり、そのときに発表か、もしくは非公式に意見交換をする予定であったが、コロナウィルス蔓延の影響でカンファレンスが秋に変更になった。日程の詳細は未定だが、本研究に関する発表を応募する所存であり、イスラマフォビア研究の最先端を行く研究者からコメントをもらうことが期待される。また、9月及び11月に開催予定のいくつかの学会(外国はカタールやイギリス、ロシア、そして日本では日本平和学会)にも発表の応募をしており、結果を待っているところであるが、コロナウィルス蔓延の状況次第でそれらの開催もままならない可能性もあり、流動的と言える。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の研究計画書にあったように今後も文献の精読及び研究者などとの連絡を続けた上で、2020年の9月に再度現地を訪問して調査を進める予定である。
今までの研究で直面した最大の課題といえば、デンマーク内の市民団体が弱体化していることである。当国における市民運動の歴史は当然成熟化されたものであるが、世論の右傾化が進んでおり、殊に移住者の権利に関して効果的に広報することに苦労しているようである。様々な情報を総合すると、右派が政治に強く影響を及ぼすようになった10年ほど前より市民団体に対する助成金などが大幅に減額されたこと、公的な人権機関の独立性が限定されたことなど、本研究と関係が深い、いくつも要因があるようである。また、トルコ系であるために「トルコ政府の手先」と根拠のない批判をされた研究者や、テレビのインタビューの後に交通機関でいきなり襲われた研究者など、以前の西欧民主国家なら想像することも出来なかったような事件も今回の調査で耳にしており、移住者の権利のために活動する者に対して社会的風当たりが極めて強くなっていることも見逃せない。今後はNGOとの連携を続けながら法律家とより接触を深め、政策の国際人権法との整合性に関してより厳密に検証できるようにしたい。
最大の懸念は、コロナウィルス蔓延の影響で調査の見通しがなかなかつかないことである。本報告執筆時現在、デンマークを始め欧州連合のほとんどの国では一部を除いて外国人は事実上入国不可となっており、果たして今年度中に調査に行くことができるかどうか、はっきりしない。また、応募したいくつかのカンファレンスも外国(カタールやイギリス、ロシア)開催であるため、延期もしくは中止になる可能性もある。事態は無論当方のコントロール下になく、状況が早期に沈静化することを願うのみである。
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Causes of Carryover |
初年度で残高が生じた最大の理由は、カリフォルニア州立バークレー校で開催予定であった国際イスラマフォビアカンファレンスがコロナウィルス蔓延の影響で延期になったことである。現時点では2020年の秋(詳細の日程は未定)に開催となっており、そのカンファレンスで本研究に関して発表し、イスラマフォビアに関して最先端の研究を進めている研究者と意見交換する所存である。無論それもアメリカ(及び日本)におけるコロナウィルス蔓延の状況によって変更になる可能性もあり、事態を注視している。
それ以外の予定は概ね変わっておらず、文献の精読及び研究者などとの連絡を続けた上で2020年の9月に再度現地を訪問して調査を進め、情報を取集する予定である。
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Remarks |
研究計画書にあったように、2019年初頭、数人の研究者がイスラマフォビアの国際研究プロジェクトのためにカナダ政府の助成金を申請しており、筆者も研究協力者として参加している。申請書類にいくつかの修正を求められて再度申請している段階で、資金調達が確定していないため上「国際共同研究」欄に記さなかった次第である。
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