2019 Fiscal Year Research-status Report
水素-転位間相互作用に立脚したBCC鋼中の水素誘起疲労き裂伝播機構の包括的解明
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19K23503
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
小川 祐平 九州大学, 工学研究院, 助教 (30847207)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | 水素 / 疲労き裂進展 / BCC鉄 / 粒界破壊 / 温度 / トラップサイト / 転位 |
Outline of Annual Research Achievements |
鉄鋼材料の水素誘起疲労き裂進展に及ぼす各種環境因子の影響の包括的理解に向け,当該年度は純鉄を用いた疲労き裂進展試験を,圧力0.2~90MPa,温度300~423Kの水素ガス中にて実施した.水素中の疲労き裂進展は2段階に分類され,応力拡大係数ΔK=~15 MPa・m^1/2では粒界破壊が,一方ΔK=15~ MPa・m^1/2では擬へき開破壊が主要因となってき裂進展の加速が発生した.これらの破壊様式が破面上に占める割合とそれに伴うき裂進展加速率は,一定温度の下では水素ガスの圧力が高くなるほど増加し,また一定水素ガス圧力の状態では温度が上昇するにつれ低減した. 本年度は特に低ΔK域での挙動に着目し,粒界破壊の発生とき裂進展加速への温度・圧力の影響を統一パラメータで評価するため,局所平衡理論に基づく水素トラップサイト占有率の概念を導入した.その結果,水素とトラップサイトとの結合エネルギーが約50 kJ/molと仮定した際,トラップサイト占有率とき裂進展加速率との間に良い相関が得られることを解明した.この50 kJ/molという数値は,従来研究で報告されている鉄中の水素と結晶粒界との結合エネルギーとよく対応しており,粒界に統計的にトラップされた水素の濃度が,粒界破壊起因のき裂進展加速を律速する主因子であることを示している.また,トラップサイト占有率が高い(0.8以上)場合に発生する粒界破面が比較的平滑で直下に未発達な転位セル組織を伴うのに対し,中間トラップサイト占有率(0.4~0.8)における粒界破壊部では発達したサブグレイン組織が形成され,1 μm規模の起伏が粒界破面上に観察された.すなわち,粒界破壊の発生には水素偏析による粒界結合性低下に加え,粒界-転位-水素間相互作用による粒界への損傷蓄積が寄与しており,後者の重要性は水素の粒界偏析量が低下するにつれ大きくなるものと考えられる.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の実験計画の中核でもあった,水素ガスの圧力と温度を広範に変化させた疲労き裂進展試験を概ね完了させ,本研究課題の最終目的である「力学因子と環境因子の影響を全て反映させた水素誘起疲労き裂進展の包括的理解」に向けて方向性を定めるための基礎データを当該年度中に蓄積することができた.また,粒界破壊による疲労き裂進展加速を水素トラップ挙動で整理するという新たな試みに加えて,精緻な観察を基に粒界破壊のメカニズムを考察し,マクロとミクロの両側面から世界的に類を見ない新たな知見を見出すことができた.目的達成に向けた実験と得られた結果の解釈は順調に進展しているが,学会発表・論文発表など成果のアウトプットが遅れていることから,「やや遅れている」の評価とする.
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Strategy for Future Research Activity |
低ΔK域で生じる粒界破壊を主な検討対象とした本年度に対し,次年度は擬へき開破壊を伴う高ΔK領域での挙動に焦点を当て,水素と転位との相互作用に立脚してその潜在機構の解明を目指す.これに向け,擬へき開破壊に対応する結晶面,破面直下の転位組織とその圧力・温度依存性を系統的に調査し,き裂先端の局所的な転位の運動と破壊現象とを相互に関連させる.結晶粒界と同様にして,水素-転位間相互作用も水素濃度と温度に強く影響を受けることから,本年度内に構築したトラップサイト占有率による整理方法を高ΔK領域にも応用し,き裂進展加速率を決定する結合エネルギー値が転位に起因するものであるか否かをマクロデータに基づき推定する. また,上記環境因子に加え,き裂進展加速に影響を与え得る力学因子として,負荷周波数を変化させた際の挙動に関しても調査を行う. 一方で力学・環境因子に加え,実用材料では結晶粒径が重要な組織学的パラメータであり,特に低ΔK域で粒界破壊が観察されていることから,水素誘起疲労き裂進展の挙動に対しても結晶粒径が無視できない影響を及ぼすことが想定される.そこで次年度は,冷間圧延後の焼鈍処理により結晶粒径を5~500μmの範囲で変化させた純鉄素材を作製し,本年度と同様にして水素ガス中で疲労き裂進展試験を実施する.
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Causes of Carryover |
当初予定していた国際ジャーナルへの論文投稿が遅れ,また新型コロナウイルスの流行により参加を予定していた学会等が中止となったため,人件費・謝金と旅費に残額が生じた.この残額は,次年度における論文投稿の際の英文校正量および学会参加費として使用される予定である.
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