2019 Fiscal Year Research-status Report
探針電場増強と極短パルス光を用いた単一分子の非線形分光の試み
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19K23635
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Research Institution | University of Hyogo |
Principal Investigator |
相賀 則宏 兵庫県立大学, 物質理学研究科, 助教 (50847085)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | 走査型トンネル顕微鏡 / 局在表面プラズモン |
Outline of Annual Research Achievements |
個々の分子が周囲の局所環境に応じてどのような構造や電子状態をとるのか、またそれがいかに分子の特性や振舞いに反映されるのか、という分子科学的な問題を単一分子レベルで明らかにするためには、原子レベルの高い空間分解能を有する新たな測定法を開拓する必要がある。本研究では、超高真空走査型トンネル顕微鏡(STM)のトンネル接合部位に極短パルス光を照射し、探針-基板間のナノ領域に生じる局在表面プラズモンによる電場増強を利用することによって単一分子分光を試みる。令和元年度はプラズモンを利用した分光計測のための実験装置を構築し、その最初の試みとして、銀探針-銀(111)単結晶基板間を流れるトンネル電流に誘起された発光スペクトルの観測を行った。 最初に銀単結晶(111)基板の表面を清浄化し、オージェ電子分光および低速電子線回折を用いて清浄な銀表面が得られたことを確認した。 次に液体窒素温度下で銀基板のトンネル接合領域に銀探針を接近させて探針-基板間にバイアス電圧を印加し、トンネル電流に誘起されて探針直下で生じた発光を分光器でスペクトル検出した。印加するバイアスが1.8Vの閾値電圧を超えたときにブロードな発光スペクトルが観測され、バイアス電圧の増加とともに発光の強度および発光の光子エネルギーも増加することが分かった。以上の結果から、銀探針-銀基板間を流れるトンネル電流により誘起された局在表面プラズモン発光の観測に成功し、またスペクトル形状の解析の結果より、発光の機構としてバイアス電圧による電気エネルギーが発光の光子エネルギーに変換されることが分かった。 以上の結果は、日本物理学会第75回年次大会において報告した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
最初に超高真空チャンバー内で銀単結晶(111)基板の表面をアルゴンイオンスパッタリングおよびアニーリングによって清浄化し、オージェ電子分光法および低速電子線回折法を用いて清浄な銀表面が得られたことを確認した。 次に液体窒素温度下でSTMの銀探針を銀基板のトンネル接合領域まで接近させた状態で基板-探針間にバイアス電圧を印加し、トンネル電流に誘起されて探針直下で生じる発光を分光器に導く光学系を構築した。印加するバイアス電圧およびトンネル電流の大きさに対する発光スペクトル形状および発光強度の依存性を調べた。 1.8V以上のバイアス電圧を印加したとき、波長550~700nmの領域にブロードな発光スペクトルを観測し、その発光強度はバイアス電圧とともに増大した。またバイアス電圧の増加とともにスペクトルの高エネルギー側に発光バンドが新たに立ち上がったことから、発光の光子エネルギーがバイアス電圧とともに増加することが分かった。さらにバイアス電圧を一定に保った状態でトンネル電流を増大させると、発光スペクトルの形状を保ったまま強度が増加することが分かった。以上の結果は、バイアスの極性によらず同様の挙動を示した。 これらの実験結果より、銀探針-銀基板間を流れるトンネル電流により誘起された局在表面プラズモンによる発光の観測に成功し、発光の機構としてバイアス電圧による電気エネルギーがプラズモンを媒介して光子エネルギーに変換されることが分かった。 以上の結果は、日本物理学会第75回年次大会において報告した。
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Strategy for Future Research Activity |
令和2年度は、銀基板に多環芳香族誘導体(ポルフィリン、ペンタセン)を蒸着した系を対象として、本研究課題の目的である単一分子に対する分光測定を試みる。 STMを用いて蒸着分子のトポ像を観察するとともに、これらの蒸着分子の上にSTM探針を接近させ、トンネル電流に誘起される分子由来のプラズモン発光スペクトルを観測する。STMのトポ像の形状、特に分子周辺の局所環境(基板のテラス・ステップ、隣接分子との距離や凝集効果など)が得られた分子の発光スペクトルに対して与える効果について調べる。さらに発光スペクトルのバイアス電圧依存性に着目することにより、分子の電子軌道エネルギーの位置関係など、蒸着分子の電子構造と発光スペクトルの関係についても考察する。 さらにレーザー連続光や極短パルスレーザー光を用いて、銀基板上に蒸着した分子に対するいくつかの分光を試みる。連続光としてはヘリウムネオンレーザーをSTMチャンバー内に導入し、銀基板上の蒸着分子に由来する蛍光スペクトルや探針増強ラマン散乱スペクトルを観測する。極短パルスレーザー光を用いた実験では、最初に極短パルス光を発生させるための光学系を構築する。発生させたパルス光を光ファイバーを用いてSTMチャンバー内に導入し、特に分子の電子状態や振動状態に着目した線形・非線形分光計測を試みる。単一分子には発光検出型の分光が適していると予想されることを踏まえて、電子状態の観測には紫外可視吸収分光と同等の情報が得られると期待される蛍光励起分光を、振動状態の観測には3次の非線形分光であるコヒーレントアンチストークスラマン散乱分光を試みる。
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Causes of Carryover |
令和2年3月、新型コロナウイルスの影響により、参加を予定していた日本物理学会年次大会の現地開催が中止となった(講演資料の提出により発表成立が認められた)ため、当該学会に出席するための旅費として使用を予定していた54,140円が残高として生じた。研究遂行上、学会参加による成果発表および情報収集が不可欠なため、次回(令和3年3月)開催される同学会参加のための旅費として使用する予定である。
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