2019 Fiscal Year Research-status Report
胸腺退縮に伴うT細胞ミトコンドリア障害のメカニズムと機能的意義の解明
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19K23862
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
城 憲秀 京都大学, iPS細胞研究所, 特定研究員 (50849552)
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Project Period (FY) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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Keywords | T細胞 / ミトコンドリア / 胸腺退縮 / 恒常性増殖 / 代謝 / MDR1 |
Outline of Annual Research Achievements |
T細胞の産生臓器「胸腺」は思春期以降に退縮し、新たなT細胞産生は急速に低下する。このため、末梢T細胞は加齢の影響を受けやすく、エフェクター機能低下・炎症性サイトカイン産生上昇など様々な機能的変容を来す。申請者らは、胸腺摘出マウス(ATx)のT細胞においてミトコンドリア膜電位プローブの染色性が低下するという予備的結果を得た。これを基に、「胸腺退縮に伴う恒常性増殖が、ミトコンドリア機能障害を介してT細胞老化に影響する」という仮説を立てて、本研究を開始した。 最初に、ATx T細胞におけるミトコンドリア膜電位低下の影響を評価した。細胞外フラックスアナライザーを用いて酸化的リン酸化や解糖系などの代謝を、電子顕微鏡を用いてミトコンドリア形態の解析を行った。RNA-seqによる網羅的遺伝子発現解析を行い、質量分析器を用いたメタボローム解析も実施した。しかし、いずれのアッセイにおいても、ATx T細胞においてミトコンドリア機能低下を示唆する結果は認められなかった。 網羅的遺伝子発現解析から候補を探索する中で、MDR1(Multiple drug resistance 1)遺伝子がATxのT細胞で高発現していることが判明し、ミトコンドリア膜電位プローブを細胞外に排出している可能性が示唆された。実際にMDR1阻害剤でATxのT細胞を処理すると、ミトコンドリア膜電位プローブの染色性低下がキャンセルされた。 以上の結果は、当初の仮説を否定することとなったが、一方ではT細胞老化におけるMDR1の重要性を指摘できる。MDR1は、細胞毒性を有する化合物などを細胞外排出することから、加齢や疾患に伴うストレス下でT細胞機能を維持する役割を果たしている可能性がある。現在は、T細胞老化におけるMDR1の機能的意義を明らかにするために、MDR1 KOマウスやMDR1阻害剤を投与したマウスを用いた実験に取り組んでいる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
ミトコンドリア膜電位低下は、電子伝達系を介して代謝や細胞機能に大きく影響していると考えられた。予想される主要なミトコンドリア機能について評価することから開始した。細胞外フラックスアナライザーによる酸化的リン酸化の評価では、ATx T細胞において酸素消費量の低下は認めなかった。ミトコンドリア量、クリステ、分裂・融合などの形態は電子顕微鏡を用いて解析したが、有意な差が認められなかった。RNA-seqを用いた網羅的遺伝子発現解析では、ミトコンドリアに関わる遺伝子群に有意な発現差を認めなかった。質量分析を用いたメタボローム解析では、ATx T細胞でむしろTCA回路や解糖系に関わる代謝産物、ATPが上昇していた。その他にも、ミトコンドリアに関わるヒストンメチル化やアセチル化などのエピジェネティクス、解糖系を含めた代謝異常にも着目したが、特記すべき違いは認めなかった。 網羅的遺伝子発現解析から候補遺伝子を探索する中で、MDR1(Multiple drug resistance 1)遺伝子がATxのT細胞で高発現していることが判明した。MDR1は、P糖タンパク質(P-gp)、ABCB1(ATP-binding Cassette Sub-family B Member 1)とも呼ばれ、細胞膜上に存在して細胞毒性を有する化合物などを細胞外排出することから、ミトコンドリア膜電位プローブを細胞外に排出している可能性が示唆された。実際にMDR1阻害剤であるVerapamilとCyclosporine HでATxのT細胞を処理すると、ミトコンドリア膜電位プローブの染色性低下がキャンセルされた。以上の結果から、ATxのT細胞ではミトコンドリア膜電位低下は無く、MDR1の発現が上昇していることが示唆された。
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Strategy for Future Research Activity |
以上の結果は、当初の仮説を否定することとなったが、一方ではT細胞老化におけるMDR1遺伝子の重要性を指摘できる。MDR1は、細胞毒性を有する化合物などを細胞外排出することから、加齢や疾患に伴うストレス下でT細胞機能を維持する役割を果たしている可能性がある。 T細胞の末梢における絶対数は胸腺退縮とともに減少する。さらに加齢や疾患においては、種々の炎症性サイトカイン、DAMPs(damage-associated molecular patterns)やPAMPs(Pathogen-associated molecular patterns)によって、T細胞はストレス下にさらされることとなる。一方でATx T細胞のエフェクター機能(増殖やサイトカイン産生)はコントロールと比較して増強していた。過去の報告から、細胞寿命も延長していることが知られている。すなわち、MDR1の発現上昇は恒常性増殖の過程で、T細胞の末梢性成熟を促し、種々のストレスに耐性を獲得し、エフェクター機能すら増強させていると新たな仮説をたてることができた。 現在は、恒常性増殖におけるMDR1の機能的意義を明らかにするために、MDR1 KOマウスやMDR1阻害剤を投与したマウスを用いて実験を行っている。また、ヒトT細胞を用いたin vitroでの恒常性増殖モデルを確立したため、MDR1のヒト恒常性増殖における重要性についても検証を行っている。
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Causes of Carryover |
細胞外フラックスアナライザー、RNA-seq、メタボローム解析など、コストの高いアッセイを行ったが、当時研究室にストックされている試薬を用いて実施することができた。その他の一般試薬や細胞培養関連試薬も同様の状況であり、新たに購入する必要はなかった。 次年度には、MDR1遺伝子に着目してT細胞老化に関する実験を継続する。新たに遺伝子改変マウスを作成し、RNA-seqなどの網羅的解析を行う必要がある。介入実験を行うために、阻害剤や培養関連試薬を購入予定である。また、本研究から得られた成果を国際学術雑誌へ投稿し、学術集会において発表するための費用として使用する。
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