2011 Fiscal Year Annual Research Report
シナプス前制御に基づく神経情報処理の数理モデル化とその工学応用
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20246026
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
合原 一幸 東京大学, 生産技術研究所, 教授 (40167218)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
渡辺 啓生 東京大学, 法学(政治学)研究科(研究院), 助教 (20570609)
森田 賢治 東京大学, 教育学研究科(研究院), 講師 (60446531)
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Keywords | ソフトコンピューティング / 脳・神経 / モデル化 / 生体生命情報学 / 数理工学 |
Research Abstract |
22年度の結果を踏まえ、近接している神経細胞どうしは相互興奮性結合の強度および結合密度が大きい等の規則性を、神経細胞の回路に取り入れて数値実験を行った。その結果、22年度の研究で見られた非同期的かつ非周期的な自発活動・興奮性結合と抑制性結合のバランスの変化に伴う活動パターンの大きな変化を保ったまま、上述の規則性を回路に反映できることがわかった。 また、22年度に引き続き、げっ歯類の大脳皮質錐体細胞間のシナプス伝達効率の短期可塑性に関して解析し、投射先の違いに基づく錐体細胞の種類ごとに、短期可塑性を、(1)シナプス小胞の放出に伴う枯渇の関与が目される短期減弱、(2)カルシウムイオンの蓄積の関与が目される短期増強、というシナプス前部における2つの効果の組として表すモデルで近似し、それぞれの時定数を推定することで定量的に特徴づけた。 次に、注意などに関連すると考えられているアセチルコリンによるシナプス結合強度の短期的な変化などの要素を、数理モデルに取り入れてその効果を調べた。特に、アセチルコリンによるシナプス前修飾により神経回路網のアトラクタランドスケープが変化することを明らかにするとともに、レビー小体型認知症との関連を議論した。 さらに、脳機能の異常な同期状態を緩和するための考察を行った。特に、蔵本モデルにおいて、結合強度の増加に対する同期度の成長を緩やかにすると、揺らぎの保持力が高い状態が予想よりも長く存続する(異常な同期状態が生じづらい)という新たな数理的知見を得た。その知見を受け、数理モデルの追加調査を行い、シナプス前抑制を考慮したより現実的な数理モデルにおいても、類似のメカニズムによって揺らぎの保持力を調節できるという結果を得た。この結果をもとに、上述のモデルにおいて、シナプス前制御の効果によって記憶の保持力を調節できることを確認した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
次に示すように、計画に沿って順調に成果を上げてきている。シナプス前制御に関連する詳細・広範な生理学・解剖学的知見を考慮した数理モデルの構築・シミュレーションを行い、シナプス前制御を仮定しなければ起こらない現象をいくつか発見した。これにより、一つのニューロン集団がシナプス前制御をうまく使うことで状況に応じてまったく異なる性質を持つ回路となりうることが示唆された。また、シナプス前制御と後制御の両方が共存している場合に、それらがどのように協調して機能を果たしているか検討した。具体的には、げっ歯類の大脳皮質錐体細胞間のシナプス伝達効率の短期可塑性に関して解析し、短期可塑性を、シナプス前部における2つの効果の時定数の組で定量的に特徴づけた。また、アセチルコリンによるシナプス前修飾の効果、特にアトラクタランドスケープへの影響を数理モデル化した。 さらに、下記のように、当初は予期できなかったいくつかの新たな数理的知見を得た。(1)シナプス前制御の場合とシナプス後制御の場合での同期性の違いが持続的活動の安定性に影響するという知見。(2)シナプス前制御を考慮した現実的な数理モデルにおいて、結合強度の増加に対する同期度の成長を緩やかにすると、揺らぎの保持力が高い状態が予想よりも長く存続する(異常な同期状態が生じづらい)という知見。(3)現実の神経細胞により近い数理モデルにおいて、系がカオスを示すとき、外部からの情報のdecodingが予想よりも高い精度で行えることを示唆する知見。これらの知見をもとに、現実的なモデルにおいて、シナプス前制御の効果によって、異常な同期状態を緩和できる可能性や、記憶の保持力を調節できる可能性を示唆する結果を得た。さらに、シナプス前制御によってカオス状態を調節することで情報のdecodingを予想よりも精度よく行える可能性を現在検討している。
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Strategy for Future Research Activity |
数百程度のニューロンからなる集団を複数用意し、それらの間の相互抑制と、全集団に共通に与えられる抑制という二種類に対して、前シナプス制御を仮定した抑制の調節によりどのような違いが出るかの検証を行う。また、前シナプス制御を受ける抑制ニューロンのタイプの違いがどのように影響するかを調べる。 さらに、シナプス前部における生理・化学的機構が大きく関わると目されているシナプス短期可塑性の神経回路・システムにおける機能的意義の探索の一つとして、シナプス前細胞の特徴的な発火パターンが、短期可塑性を介することで特異的に、シナプス後細胞でデコードされるという可能性を数理モデリングにより検討する。より具体的には、シナプス前細胞のバースト発火(大脳皮質錐体細胞などにおいても見られる数ms程度の短い間隔での2~数発の連続発火)が、どの程度特異的に検出されうるかを数理モデルを用いて検討し、そうした機構が大脳皮質の錐体細胞間や、運動関連皮質の錐体細胞から脊髄などへの情報伝達に及ぼす効果について考察する。 また、これまでの研究で、神経細胞の異常な同期状態を緩和するためには、微小に結合強度を減少するだけで予想よりも大きな効果があることを示唆する結果が得られている。24年度から行っている研究によって、より現実的なモデルでも同様の性質が成立することを示唆する結果を得た。その途上で、現実の神経細胞により近い数理モデルにおいて、系がカオスを示すとき、外部からの情報のdecodingが予想よりも高い精度で行えることを示唆する新たな数理的知見が得られた。そのため、カオスを示す神経細胞の数理モデルの調査を行い、シナプス前抑制によってカオス状態を調節することで情報のdecodingの精度を高められる可能性を検証する。
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Research Products
(5 results)