Research Abstract |
適度な運動は脳にも作用し成体海馬神経新生(AHN)を促進させ,結果的に空間認知機能の向上や抗うつ効果をもたらす.しかし,運動もLT(乳酸性作業閾値)以上の強度ではストレスを伴う(運動ストレス)ため,どのような運動条件がAHNを効果的に促進するか検討が必要である.これまでに我々は運動ストレスに着目し,LT以上のストレスを伴う運動ではAHNの促進効果が得られないこと(前年度報告済)を確認している.この背景には,LT以上の運動で高まるコルチコステロン(CORT)による影響が想定される.CORTの受容体にはグルココルチコイド受容体(GR)とミネラルコルチコイド受容体(MR)の2種類が同定され,AHNに対し促進と抑制の相反的作用が示唆されているが,運動で高まるAHNにおけるCORTの関与を2つの受容体の機能から検討はされていない.本研究では,これら受容体の特異的拮抗薬(GR拮抗薬:Mifepristone,MR拮抗薬:Spironolactone)を使用し,異なる運動強度(低強度:15m/min,中強度:30/min)においてCORTがAHNに与える影響について検討した.その結果,AHNはVehicle群において低強度で有意に増加し,高強度では増加はみられない.これに対して,GR,MRを阻害すると低強度での増加が抑制された.高強度においては,MRとGRを介した有意なAHN抑制作用は認められなかった.しかし,血清CORT濃度とAHNとの相関をとると,GRを阻害したときに有意な正の相関関係が認められため,高強度においてAHNが高まらない原因として,GRを介するAHN抑制作用が示唆される.本研究から,低強度運動により成体海馬で増加する神経新生に対しCORTがGR,MRを介して促進的に作用する一方,ストレスを伴う高強度運動ではCORTのGRを介した抑制作用が優位となることが初めて明らかとなった.ストレスにより惹起されるステロイドホルモンは,低強度では海馬に栄養効果を,高強度では逆に抑制因子として作用するなど,運動強度特異的に生じる海馬可塑性の決定因子として働く可能性が示唆された.
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