Research Abstract |
適度な運動は脳にも作用し成体海馬神経新生(AHN)を促進させ,結果的に空間認知機能の向上や抗うつ効果をもたらす.これまでに我々は運動ストレスに着目し,LT以上のストレスを伴う運動ではAHNの促進効果が得られないこと(平成20年度報告済)を確認している.さらに,ストレスにより惹起されるステロイドホルモンは,低強度では海馬に栄養効果を,高強度では逆に抑制因子として作用するなど,運動強度特異的に生じる海馬可塑性の決定因子として働くことを示した(平成21年度報告済).運動処方に橋渡しするためには,(ステロイドホルモン作用を中心とした)さらなる分子機構の解明が必要である.そこで,本研究では異なる強度の走運動が海馬の分子基盤に与える影響について,遺伝子発現動態を網羅的に解析できるMicroarray法を用いて検討した. その結果,ストレスを伴わない低強度群,ストレスを伴う高強度群ともに細胞の増殖・生存に関わる遺伝子(Thbs4,Wisp1,Glp1r,Mmp-9)の発現が確認された.一方,高強度では,アポトーシス促進に関わる遺伝子(Mrc1,Ccnb1)の増強やニューロン化への分化促進遺伝子(Sostdc1)の抑制(低強度では増強)が見られた.特に注目すべきは,AHNの促進や神経活動の亢進,不安行動やアルツハイマー病の抑制に関わるTtrの発現は低強度運動により顕著に増強され,高強度運動では抑制されたことである.Ttrは認知能の基盤となる分子機構を解明する上で,標的分子となる可能性が高い.今後,これらの因子とステロイドホルモンの相互関係を明らかにすることで,認知機能を高める最適運動強度(低強度運動)の分子機構を解明できるはずである。
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