2009 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
20520160
|
Research Institution | Mie University |
Principal Investigator |
尾西 康充 Mie University, 人文学部, 教授 (70274032)
|
Keywords | 田村泰次郎 / 丹羽文雄 / 戦争文学 |
Research Abstract |
中国大陸における五年三ヶ月におよぶ従軍体験を持つ田村泰次郎は、復員後まもなく、山西省を舞台にした「肉体の悪魔」(「世界文化」、一九四六年九月)を発表している。本稿では、泰次郎の代表作といえる「肉体の悪魔」の分析を通じて戦争文学のテーマに論及しようと考えるのだが、その前提として、泰次郎が三島由紀夫と競作して「文藝」第一二巻九号(一九五五年七月)誌上に発表した、二人の作家のきわめて個性的な作品に着目して戦争文学の描き方を検討してみた。 「文藝」第一二巻九号は「夏の小説まつり」特大号と銘打って、巻頭には梅崎春生「紫陽花(第一部)」が、続いて室生犀星「ワシリイの死と二十人の少女達」、上林暁「父母の膝下」が掲載されている。さらに「掌篇小説十人集」という特集には、井伏鱒二「手洗鉢」、三島由紀夫「牡丹」、吉行淳之介「軽い骨」、安部公房「棒」、源氏鶏太「三界に家なし」、小山清「旅上」、北條誠「鳥影」、丸岡明「ひめむねたゞ」、田村泰次郎「ある死」、尾崎一雄「蟻・蜂・蜘蛛」が掲載され、かつて作家が文士と呼ばれた小説全盛時代の空気が感じられる。本稿で取りあげる三島由紀夫「牡丹」と田村泰次郎「ある死」は、どちらも戦争犯罪と人間の根源的な<悪>をテーマにした短篇小説で、発表当時の日本社会は敗戦後一〇年が経とうとし、朝鮮戦争はすでに停戦協定が結ばれ、前年には自衛隊法が国会で可決されていた。 成田龍一によれば、歴史家の方法は「固有の体験の固有の記述から出来事の狭義の『事実』を切り取り、束ね、ひとつの歴史像とする作業であり、人々の体験/証言/記憶を集合化することによって『客観化』しようという営み」であるがゆえに「体験者の固有性やそれが当事者にもつ意味の喪失と引き換え」になる一面も生じるという。論理の「客観化」というのは、いかなる学問にも要求されるものだが、「体験/証言/記憶」が持つ「固有性」や「意味」へのこだわりは、とりわけ文学の研究領域であり、細部へのこだわりを強めることから新しい解釈が生まれることが多い。戦場の記憶を継承するために歴史学と文学の研究領域を横断して泰次郎の文学を読み深めてゆく作業が必要とされるであろう。
|
Research Products
(1 results)