2008 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
20520284
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
吉武 純夫 Nagoya University, 文学研究科, 准教授 (70254729)
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Keywords | 西洋古典 / 死生学 / テュルタイオス / 美 / カロス / ギリシア |
Research Abstract |
平成20年度の該当期間は半年しかなかったが、カロス・タナトス概念を取り巻くコンテクストとして、ギリシア文学において、カロスという語を使うことなく死がよきものとされたさまざまなケースを探った。カロスと評する以外の形で、死をよきものとして積極的に肯定する態度は、生を悪しきものとする所謂グリーク・ペシミズムから死を肉体的束縛からの魂の解放と捉えるオルフェウス教・プラトン哲学に至る系譜があるだけで、それ以外は死を絶対的によきものと語ることは皆無である。『イリアス』においては、「祖国のための戦死は悪いものではない」という消極的な肯定が見受けられるにとどまる。ただし、戦死が若木の倒れる様に例えられている場合は、死が痛々しく惜しまれる事態であるものの材木として有効利用されることが含意され、無駄な損失ではないという肯定的な示唆を与えるものとなっている。『オデュッセイア』においてみられるのは、目標の達成を見た後に死ぬことをよしとする思想が見受けられる。ただし、それは死自体をよきものとして形容するのではなく、そういう事態への願望表現として現れる。また、ホメロスにおいては、苦境よりはましな事態として死が願望されることもある。また、いかなる死に方をした死でも、適正な葬礼を受けることにより、受容しうるものないしはよきものとなる。このように、すでにホメロスにおいて、死に対する多様な肯定的評価がみられ、後の時代へと続く。このほか、古典期には生に執着しないことをよしとする思想から「潔い死」を促すケースも散見されるようになる。また、アリストテレスはカロスという語で評することになるが、他人のためになされる行為をよしとし、その結果として起こる死をも肯定評価するということは、古典期には広く見られることであった。このようにカロス・タナトス概念の歴史との関係から概観することによって、ギリシア人における良き死の思想について多くの新たな知見を見出すことが出来た。なお、21年度への繰越金により21年9月にブリストル大学に赴き、Buxton教授に研究執筆計画のレビューを受けた。それをもって20年度分の研究は完了した。
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