2008 Fiscal Year Annual Research Report
国境を越える財移転政策の倫理的根拠とその政策デザインのための哲学的、理論的研究
Project/Area Number |
20530102
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Research Institution | Shizuoka University |
Principal Investigator |
伊藤 恭彦 Shizuoka University, 人文学部, 教授 (30223192)
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Keywords | グローバルな正義 / 新マルサス主義 / リバタリアニズム / ナショナリズム / 貧困 / 国際的格差 / 援助政策 |
Research Abstract |
貧困国に対する援助(財の移転)の倫理的根拠を明らかにするために、本年度は援助を消極的に考えようとする一般的価値観をとりあげ、その問題点を解明した。その価値観とは第一に貧困は必要悪であるとする新マルサス主義的な考えであるが、それは人口学的に誤った認識に立っている。第二は富裕国の現在の所有は正当であるとの価値観である。各人の所有は様々な社会制度によって支えられており、この制度構造が公正な場合のみ、各人の所有は正当であると考えるべきであり、その点で自己労働だけを根拠としたリバタリアン的な所有論は問題を含んでいる。第三は他者を援助する義務は国境を越えないとするナショナリズム的な価値観である。近親者を優先すべきだとする考え方は一般的には正しいが、世界人口の2割が世界所得の8割を独占するという極端な格差構造を念頭におけば、近親者優先の論理によって、貧困者を援助する義務を覆すことはできない。 この研究結果が示唆しているのは、貧困国への援助が慈善といった不完全義務を根拠とするものではないということである。全ての生命は平等であり、この平等を根拠とした人権が援助(財移転)政策の根底に据えられねばならない。つまり援助とはやったら称賛されるがやらなくても非難されない義務ではなく、やらなければ非難される正義の義務だということである。この義務を具体的な政策レヴェルで構想するのが次年度以降の課題となる。
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