Research Abstract |
本研究計画は,理論派と歴史派との間に起こったイギリス19世紀末の経済学方法論争について,その経済学史上の意義を明らかにしようとするものである。平成21年度は,とくに歴史学派における帰納法の意味について研究した。それを明らかにするために,J.S.ミルと歴史学派とを比較する接近法を採用した。古典派を代表する経済学者の一人であったJ.S.ミルは,古典派の方法論的立場を堅持しつつ,歴史学派の観点を先取りする議論をも展開していた。ミルは,すでに歴史的方法について語っていたし,それ以外にも歴史学派のものとされる主張を展開していたのである。ミルは,経済学に相応しい方法は,帰納-論証-検証の三段階からなる直接的演繹法であると主張した。これらの三段階のうち,狭い意味での演繹に当たるのは第二段階だけであり,第一段階と第三段階においては,帰納法が用いられるとされた。ミルは直接的演繹法の第一段階を帰納としていたが,そのときの帰納の意味は,歴史学派のレズリーなどが考えるものとは違っていた。つまり,ミルの場合には,与えられた事実をその要素に分解し,その要素間の因果関係を明らかにすることが,第一段階の帰納の意味であった。これに対してレズリーは,与えられたままの複雑な事実を対象として現象間の因果関係を解明することを,第一段階の帰納の手続きと考えていた。両者は,同じ帰納という言葉を用いながら,別の手続きを思い描いていたのである。与えられた事実から一般化される経験的法則には多くの例外が伴うため,一般化の手続きはきわめて困難なものとなる。そこで,理論の前提を現実的なものにすることを主張する歴史学派は,性急な一般化を批判し,忍耐強い事実調査を擁護することになった。そのため,経済学はいまだ演繹を行う段階にはなく,まず行うべきなのは,それに先立つ帰納的研究である,という主張を行うことになったのである。
|