Research Abstract |
本研究の目的は,音楽を人間の認知的・身体的特徴に基づく創発現象と捉えることにより,作曲における人間の暗黙的な知識を明らかにし,新たな音楽の設計理論の構築を目指すものである.これまで,リズムの知覚や生成に,引き込み現象のような意識に上らない身体の物理的な特性が関わっていることが指摘されてきた.一方,協和や記憶の制約,ゲシュタルト性といった認知的特性が音高の認知に関わっていることが指摘されてきた.本研究では,これらの知見をもとに,旋律生成を,時間的側面としてのリズム生成と,空間的側面としての音高配置にわけ,それぞれについてモデルを構築するとともに,新たな旋律生成システムを構築した.リズム生成モデルの構築にあたっては,音符の発音タイミング(NoteOnset:NO)と音高遷移方向の変化のタイミング(ContourPivot:CP)が時間的秩序の知覚や構造分析に重要である点に着目し,それぞれのタイミングを決定する非線形振動子を構築した.一方,音高配置モデルの構築にあたっては,一定の音を中心(中心音)にして旋律を聴取するという音楽心理学の知見に着目した.平成21年度には,旋律生成システム"Emergent Melody Designer"を構築し,一般の参加者と作曲経験者を対象とした作曲実験において,ユーザが結合係数と近接性のゲインのパラメータの値による秩序や印象の違いを理解したうえで,旋律生成を行うことができることを確認した.また,ユーザが保存した旋律には,既存の音楽理論では説明できない特徴を持つものも見受けられた.本研究を通じて,身体的・認知的特性に基づいた制御パラメータを操作することによって,音楽理論を用いたトップダウンな構造形成とは異なり,ボトムアップな設計手法の有効性を確認した.本研究の成果をもとに,21年度にはオペレーションリサーチ誌において特集号「音楽とOR」を企画,実行した.
|