Research Abstract |
今年度は,スピン波束伝播の持続に大きな影響を与え得るスピン緩和に関して,その起源である"スピン-原子振動相互作用V_<SA>"(昨年度一般表式を導出)の大きさを実際の材料に対して評価した.ここでスピン波束とは,連なった磁気モーメントの一部が傾いた励起状態である.また,スピン緩和は励起状態から基底状態への遷移を表し,V_<SA>による遷移確率が小さいほど波束は存在しやすい. 実際の材料としてCuN基板上のFeイオン[C.F.Hirjibehedin et al., Science 317, 1199 (2007)]を考える.V_<SA>に関する主な結果は次の通りである. 1.原子核と電子の振動変位の差Δr まずV_<SA>の存在に不可欠な原子核と電子の振動変位の差(Δr=-ηΔr_n)の表式を,結晶場中の振動原子に対して求めた.ここで,Δr_nは原子核の振動変位,ηは原子核と電子の振動変位の差の程度を表す無次元量であり,V_<SA>はηに比例する.得られた表式を用いることで,CuN基板上のFeイオンのηをη=0.05と評価した. 2.V_<SA>の評価 上記ηおよび結晶場分裂エネルギーを用いてV_<SA>を評価した結果,原子の振動数fが10^<-2>THz≦f≦10^2THzのとき,V_<SA>は10^<-7>eV<|V_<SA>|<10^<-4>eVであることが分かった.また,従来のスピン-フォノン相互作用V_<SP>との比較では,f≦1THzで|V_<SA>|>|V_<SP>|,f>1THzで|V_<SA>|<|V_<SP>|になった.この大小関係は主に次の2点で説明された. (i)V_<SA>,V_<SP>はそれぞれ|V_<SA>|∝1/f^<1/2>,|V_<SP>|∝1/f^<1/2>の関係をもち,fの減少とともに|V_<SA>|は増大,|V_<SP>|は減少する. (ii)|V_<SA>|と|V_<SP>|は,振動子の質量が小さいほど大きくなる.これは振動子の質量の減少と共に振動変位が増大することに起因する.ここで,V_<SA>の振動子は磁性イオン,V_<SP>の振動子はユニットセル内の全イオン(磁性イオンと周囲イオンから成る)であり,V_<SA>の方が振動子の質量が小さい. 以上のようなf依存性と振動子の質量の関係を主な理由として,低f領域ではV_<SA>>V_<SP>が得られた.
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