2020 Fiscal Year Annual Research Report
近世~近代東アジアにおける郷約の受容と民衆教化思想の展開
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20F20305
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
若尾 政希 一橋大学, 大学院社会学研究科, 教授 (80210855)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
YIN XIAOXING 一橋大学, 大学院社会学研究科, 外国人特別研究員
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Project Period (FY) |
2020-11-13 – 2023-03-31
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Keywords | 郷約 / 朱子学 / 儒学 / 民衆教化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、東アジアに広く共有されてきた民衆教化の思想・体制である「郷約」をもって、近世~近代日本におけるその受容と変容を分析するものである。 2020年度は、先行研究・文献資料を中心とした東アジア諸地域における「郷約」研究史の整理、及び近世日本における「郷約」概念の成立に関する研究を進めた。具体的には、①明清期「郷約」の性格及びそれと関連する明清聖諭の内容を整理した。北宋期に成文化しはじめた「郷約」は、時間とともにその内容、性格が変わっていく。近世日本に具体的な条文として伝わってきたのは、朱子が改訂した『藍田呂氏郷約』、明清期に再解釈された郷・村レベルの「約」、及びそこから抽出した明清聖諭である。それらの成立・展開過程を整理する上で、その内容・性格を分析した。②「郷約」受容の基盤について分析した。本研究では「郷約」を、第一に、儒学の郷治・教化理論、第二に、それに基づく社会体制として捉える。東アジア諸地域に、儒学・朱子学の展開には相違が認められるため、「郷約」の郷治・教化理論が実行できる思想的基盤が異なる。一方、村落・共同体の有り様は、社会体制としての「郷約」がどのように受け入れられるかを左右する。このような点に注意して、近世日本を中心に、東アジア諸地域における「郷約」の思想的・社会的受容基盤について整理した。③大洲藩(愛媛)における「郷約」の受容について調査した。大洲市、伊予市教育委員会所蔵の関係史料を中心に、近世日本においてはじめて村社会の互助を「郷約」とした大洲藩における「郷約」の展開について、孝子顕彰と備考政策の視点から調査した。当該地域における郷約の展開及び機能を東アジアの全体像に位置付け、明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記実績①について、日本・韓国・中国関係分野の先行研究を整理し、最新の研究成果を取り上げ、「郷約」の研究の課題を明らかにした。「郷約」から抽出された明清聖諭の歌謡の性格、及びその近世日本における展開について、論文「Recited Poems, Divided Poems: The Process of Acceptance of Chinese Didactic Poems in the Edo Period」にまとめた。同時に、大洲藩の史料を分析することを通して、江戸中期からの「郷約」認識を究明することを試みた。 上記実績②について、まず、近世日本における「郷約」の存在基盤を解明することを試み、地域史・村落史の先行研究を整理した。次に、近世日本の村落構造を念頭に、明清期「郷約」が発達した江南地域の社会構造について、中国学界の最新研究成果をまとめ、両者の異同について分析した。そして「郷約」の思想基盤としての儒学の展開について、大洲藩における中江藤樹、その弟子の川田雄琴の活動を検討することで、大洲藩の「郷約」成立の背景にみられる日本陽明学の動向を分析した。 以上の二つの研究に基づき、上記実績③について、江戸中期から末期まで、成能村を中心とする大洲藩における「郷約」の展開過程を明らかにした。当該地域における「郷約米」「郷約役所」の設立と拡張、「郷約」の教化機能の変容を、史料解読を通して明らかにした。 なお、2020年度は大洲藩(愛媛)及び備中・美作地域(岡山)における郷約について、調査する予定であったが、緊急事態宣言を受け、各自治体からも自粛要請が発布された。それに対応して、大洲藩の調査は、これまで収集した資料を分析することと変更し、備中・美作の調査を取り止めざるを得なかった。
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Strategy for Future Research Activity |
近世日本における郷約の受容と展開、近代日本における郷約の変容について調査する。 ①備中・美作地域(岡山)における郷約の調査。寛政期備中・美作代官早川正紀が主導した『呂氏郷約』の和解作業、百姓を対象とする教諭所の活用状況を考察する。同時に当該地域の郷約受容とその他の教化政策との融合を明らかにする。また、早川と他地域の代官とのネットワークを通して、『呂氏郷約』の全国への拡大を明らかにする。 ②上総道学と郷約受容についての調査。山崎闇斎学派の朱子学者稲葉黙斎及びその門人により拓かれた上総道学学者『呂氏郷約』講釈、当該地域の契講における『呂氏郷約』理念の取り入れについて分析する。また、その影響を受け、下総で『呂氏郷約』木活字版を刊行した在村知識人窪木清渕の活動を調査し、当該地域における郷約の受容と在村知識人の営みの関連性を明らかにする。 ③武蔵国葛飾郡大島村郷約の調査。武蔵国葛飾郡大島村において庄屋藤城吉右衛門らの組織のもとで、1830年前後に結成された郷約では、結成者としての民衆自らが「郷約」という言葉を用いたことに注目する。埼玉県立文書館藤城家文書を中心に、庄屋の蔵書及び購入・貸借に関する史料について研究し、藤城家及び当該地域庄屋層の知的営為を明らかにする。同時に、大島村の郷約についてその中身を分析し、民衆による郷約の認識を解明する。 ④江戸時代から引き継がれた郷約について。上記近世日本各地で見られる郷約は明治初頭期にそのほとんどは維新政府により廃止された。その廃止に関する布達などの史料に基づき、当該期郷約の展開及び維新政府による郷約認識を明らかにする。
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Research Products
(2 results)