2021 Fiscal Year Annual Research Report
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20H01788
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Research Institution | Japan Women's University |
Principal Investigator |
竹内 龍人 日本女子大学, 人間社会学部, 教授 (50396165)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
吉本 早苗 広島大学, 人間社会科学研究科(総), 助教 (80773407)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 視覚 / 仮想現実空間 / 身体運動 / 視覚探索 |
Outline of Annual Research Achievements |
眼や頭、体の動きにより網膜像は時空間的に断続しているにも関わらず、世界は安定していると感じられる。視野安定の古典的モデルでは、サッカード情報を伝達する動眼神経系からの信号に基づいて、速いシステムが入力信号の変化を予測し、サッカード毎に網膜座標表現を高速でアップデートする。この速いシステムとは別に、観察者の周囲の状況について、視点不変的な環境座標表現を構築する遅いシステムの存在が指摘されている。前者については実験的証拠が示されているが、後者については未解明の点が多い。そこで本研究では、仮想現実(VR)空間において、遅いシステムが環境内の空間認識精度向上をもたらし、身体と環境とのスムースなインタラクションを可能にするという仮説を実験的に検証することを目的とした。 昨年度はVR空間における実験環境を整えた上で、基本形状からなる輪郭線を妨害刺激の中から検出する視覚探索課題を遂行した。同様の実験を2次元ディスプレイ(2D)上で行ったところ、VR空間の方が2D上よりも効率的な探索が行われた。これは、VR空間では探索時における頭部運動などの身体動作が伴ったことにより環境座標が構築され、それが探索を容易にした可能性を示唆している。そこで今年度は、この視覚探索実験の拡張に加えて、実際に実験参加者に歩行させた上で運動している物体の大きさを推定させる実験を行った。この際には注意資源に関する操作を加えた。また物体運動の方向判断と眼球運動(視線)との関係性を検討した。 これらの実験から、VR空間内と2D上とでは、視覚課題のパフォーマンスや感度特性に質的な違いみられることが明らかになったことに加えて、身体動作が環境座標構築に大きな役割を果たしている可能性が示唆された。以上の実験結果は、環境座標構築の機序解明、および身体運動と環境座標との関係性の解明に向けた有用な手がかりになると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、昨年度完成させた仮想現実(VR)空間における実験環境を利用し、おもに二つの実験を遂行した。その一つは、昨年度からの継続である視覚探索実験であり、小さい要素刺激から構成された輪郭線の検出における環境座標表現の効果を検討することを目的とした。この実験から、ある物体の検出においては、その物体を構成する垂直成分が大きな役割を示すことを見いだした。2D上における研究から、視覚パターンにおける垂直成分と水平成分の双方に感度がよいことは「斜め効果」として古くから知られている。しかしながら今回の発見は、網膜座標上にてみられるこの効果とは異なり、あくまで重力方向依存的な垂直成分にのみ感度がよいということであった。元の物体の検出感度とそれを構成する垂直成分の検出感度には大きな差はみられなかった。これらの結果は、身体動作が伴う場合には、こうした環境座標上における垂直成分が物体認識の鍵になることを示しており、実際に脳内で環境座標が構築されている証拠となると考えられる。 二つ目の実験では、実験参加者は仮想空間上を歩行あるいは静止した上で、運動あるいは静止している物体の大きさを判断した。この際には暗転や逆唱課題を挟み込むことにより注意資源を操作した。物体の大きさを操作することにより心理測定関数を導き出したところ、身体運動が伴う場合には物体の大きさ判断の精度が高まるが、その一方で注意資源の枯渇により物体の大きさの主観的等価点が顕著にずれることがわかった。 これらの結果は、身体動作が伴うことにより脳内で環境座標が構築されるが、その構築には注意資源が必要である可能性を示唆している。こうした実験的知見は、本研究における目的の達成に直接的につながるものであり、進捗状況としては概ね順調であるといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究計画では視野安定性をもたらす機序としての遅いシステムに焦点を当てている。遅いシステムによる環境座標表現の構築が環境と身体とのスムーズなインタラクションを可能にするという仮説の元に、環境座標はどのように構築されているのか、また、構築された環境座標は環境内の物体に関する認識精度を向上させるのか、といった疑問を実験により明らかにすることを目的としている。これまでの多くの研究では、実験参加者は着席し、その頭部は固定されていた。しかしながら、環境座標表現が身体と環境とのインタラクションに関与するのであれば、身体移動の検討が視野安定性の機序解明への鍵となる。そのために、本研究においては実験を全て、実験参加者が自由に動ける仮想現実空間で行っている。 今年度における二つの研究から、視覚探索および物体の属性判断における身体運動(歩行)の効果および注意資源配分の効果に関して、有意義な知見を得ることができた。ただし、仮想空間における実験は実験参加者の疲労度が大きく、長時間の時間は不可能であるという制約故に、各実験において検討したパラメータは必ずしも十分であるとは言えなかった。例えば、物体が動く条件において物体の速度は変数としておらず、また実験参加者による歩行時間も固定していた。環境座標構築が実際に遅いシステムであり、課題が開始されてから徐々に構築されているのであれば、実験においては時間的側面をパラメータとする必要がある。 そこで来年度は、今年度に構築した実験環境および実験パラダイムを用いて、主に時間側面におけるパラメータを実験に追加することにより、環境座標構築が時間的にどのようになされていくのか、その機序解明を目指していく予定である。
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