2021 Fiscal Year Annual Research Report
社会構造が個人の精神・脳機能に内在化する過程の理解に基づく精神疾患脳病態の解明
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20H03596
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
笠井 清登 東京大学, 医学部附属病院, 教授 (80322056)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 社会構造 |
Outline of Annual Research Achievements |
主観的なQOLは、精神病の超ハイリスク者や最近発症した精神病性障害患者における臨床症状の重症度と強く関連する臨床的意義のあるアウトカムである。AYA世代精神疾患患者のリクルートにより、超高リスク者と最近発症した精神病性障害患者において、臨床症状の縦断的変化がQOLと関連しているかどうかを調べた。臨床症状をPANSS尺度で、QOLをWHOの質問票で評価した。診断名、追跡期間、年齢、性別をコントロールし、重回帰分析により臨床症状とQOLの関係を検討した。その結果、超高リスク者22名と最近発症した精神病性障害者27名からデータが収集された。重回帰分析の結果、ベースライン時の不安・抑うつが強いほど、フォローアップ時のQOLが低いことが示された。さらに、不安・抑うつと思考解体の改善は、QOLの改善と関連していた。診断の違いは臨床症状とQOLの関連に影響を与えなかった。これらの知見は、精神病が重症化しQOLに影響を及ぼす前の初期段階において、不安・抑うつと思考解体の改善が重要であることを示唆している。さらに、22q11.2欠失症候群(22q11DS)患者の親(N=125)を対象に質問紙調査を実施した。重回帰分析の結果、22q11DSの19の臨床的/個人的特徴のうち、高い特性不安が親の心理的苦痛と有意に関連することが確認された(β=0.265,p=0.018)。さらに、この特性は、医療・福祉・教育サービスや親子関係で直面する様々な困難と関連していた。22q11DS患者の不安レベルが高いという特徴が、医療・福祉・教育サービスにおいて介護者が感じる困難とどのように関連しているかを定量的に明らかにした。これらの結果は、高い特性不安が本症候群の重要な臨床的特徴であることを考慮した社会サービス構造の設計の必要性を示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
精神疾患患者において、不安などの特性や症状が、既存の社会構造とのアンマッチとしてのディスアビリティにつながり、QOLの低下などにつながることを明らかにした。現代精神医学では、基本的には個人側の脳・精神機能の障害を変化させることにより、回復をもたらすという、障害の医学モデルが主流である。しかしこれは、本人の脳・心理に影響を与えている社会環境側の変化は求めず、それは定数とみなして、個人の社会に対する認識の変容を求めていくばかりとなってしまいかねない。本研究は、障害の社会モデル、すなわち、障害を個人の内部にではなく、個人と社会環境の間のミスマッチに帰す考え方の重要性を示唆する。現代のメインストリームの精神医学を変革する発想の端緒を得たという点で画期的である。一方、社会構造の定量化については、都市生活環境の定量化などの検討を進めている途中段階であるため、次年度の研究で引き続き検討する。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度に引き続き、当院こころの検査入院を通じて収集されたnear-infrared spectroscopy (NIRS)データおよびmagnetic resonance imaging (MRI)データ、当教室におけるAYA世代精神疾患患者に対する統合的介入法の開発研究(The comprehensive studies on AYA for better mental health Care [CAYAC])をもとに取得された脳画像データをもとに、社会構造が脳構造・機能に与える影響を解析する。さらに、本研究で予想される結果を普遍化するため、AYA世代精神疾患のうち、22q11.2欠失症候群においては、染色体の部分欠失に伴う生物学的基盤を持つ高度な不安や恐怖、知的障害といった素因に加えて、多疾患併存のため、既存の医療、教育、福祉制度などの、単一障害のある人に最適化された社会構造とのアンマッチによりストレスが増大し、脳機能に再帰的に影響を与えるという脳ー社会構造ストレスの悪循環のモデル状況となるという仮説をたてた。これにもとづき、多疾患併存にともなうディスアビリティが本人や家族の不安・抑うつ・QOLに与える影響を検討する。また、居住地域にともなう医療へのアクセシビリティの違いやひとり親家庭かどうかといった社会的状況が家族の困難感とどのように関連するかについても検討する。これらの結果を統合的に考察し、とりわけ思春期において社会構造という環境が個体の精神・脳機能への内在化に影響をもたらし、精神疾患発症リスクを増大する機構を明らかにし、内因性精神疾患の予防への手がかりを得る。
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Research Products
(7 results)