2021 Fiscal Year Annual Research Report
神経可塑性に着目した精神疾患の分子メカニズム解明と治療可能性の探索
Project/Area Number |
20J00876
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
森川 桃 筑波大学, 医学医療系, 学振特別研究員
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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Keywords | 精神疾患 / 統合失調症 / 神経細胞 / 樹状突起スパイン / 受容体 / キネシン分子モーター / 細胞内輸送 / モデルマウス解析 |
Outline of Annual Research Achievements |
神経細胞におけるスパイン表面の受容体局在制御は、様々な脳高次機能を支える重要な機構であり、特にNMDA型受容体(NMDAR)の機能異常は、精神疾患のひとつ、統合失調症をもたらすことが報告されています。NMDARは大脳では主にNR2AとNR2Bという2つのカルシウムイオン透過能の異なるサブタイプが発現しており、スパイン表面に発現するNR2A/NR2B比率がダイナミックに変化することが、NMDARを介した神経可塑性を制御する分子機構の基盤になっているのではないかと考えました。しかし、その局在を制御しNR2A/NR2B比率を変化させるアダプターや輸送タンパク質の機能の全体像はまだ明らかになっていません。 統合失調症は、思考や行動、感情などを1つの目的に沿ってまとめていく能力、つまり「統合」する脳の機能が破綻することで幻覚や妄想による異常行動の発現を主症状とし、意欲・自発性の低下などの機能低下、認知機能低下なども引き起こす精神疾患です。現代では100 人に1人が統合失調症を発症すると言われていますが、その根本的な治療法はまだ確立しておらず、抗精神病薬による薬物対症療法と、心理社会療法により症状の緩和を図っているのが現状です。しかし、一旦統合失調症を発症すると慢性的な経過をとり、患者のクオリティーオブライフは著しく低下するため、根本的な治療法の開発が待たれています。 本研究では統合失調症感受性遺伝子変異に着目し、変異を導入したマウスの解析を通してNMDARの関与する分子機構の解析と統合失調症の治療戦略の開発を目指して研究を進めています。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
これまでに、Kif3bヘテロマウスが統合失調症モデルマウスであることをマウス行動解析とその海馬神経細胞の形態学的・細胞生物学的解析により明らかにしました。このKif3bヘテロマウスに統合失調症患者の血中で減少することが知られているベタインを餌に混ぜて、離乳直後から10週齢になるまで与えて飼育を行いました。その後、一連の行動解析を行い、ベタイン投与がマウスの行動に与える影響を解析しました。具体的には、オープンフィールド実験と高架式十字迷路実験による運動機能・情動行動の変化と不安様行動の発現の有無を調べ、スリーチャンバー社会行動実験により社会性の変化を検討し、さらにはプレパルスインヒビション実験を行い、統合失調症で見られるプレパルス抑制の減弱度合いを解析しました。その結果、ベタイン餌を投与したKif3bヘテロマウスで統合失調症様の表現型が改善されることを発見し、これを学術論文に発表しました(S. Yoshihara, X. Jiang, M. Morikawa, et al., Cell Reports 35(2) 2021)。 KIF3BはNMDARのサブユニットのひとつNR2Aを輸送する分子モーターであり、Kif3bヘテロマウスという統合失調症モデルを用いてNR2AとNR2Bの局在と動態等を詳細に解析することは、統合失調症の根本的な治療法を確立することに繋がると期待されます。そこで、もうひとつのサブユニットNR2Bを輸送する分子モーターKIF17にも着目し、その分子モーターにおける統合失調症感受性遺伝子変異を導入したマウスを用いて、行動解析と分子細胞生物学的、電気生理学的な解析を行いました。統合失調症モデルマウスを用いたNMDARの総合的な制御メカニズムの解明を通して、感受性変異が引き起こす分子カスケードの異常を解明することで、統合失調症の根本的な治療可能性を探索しています。
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Strategy for Future Research Activity |
神経細胞の樹状突起スパイン表面に発現するNMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)の局在とNMDARを介したシナプス可塑性は、統合失調症に深く関与することが報告されています。これまでにNMDARのサブユニットのひとつNR2Aを輸送する分子モーターKIF3Bの解析を進めており、今後はもうひとつのサブユニットNR2Bを輸送する分子モーターKIF17にも着目し、その分子モーターにおける統合失調症感受性遺伝子変異を導入したマウスを用いてNMDARの総合的な制御メカニズムの解明を通して、感受性変異が引き起こす分子カスケードの異常を明らかにし、統合失調症の根本的な治療可能性を探索していきます。 具体的には、KIF3BとKIF17によるNR2A/NR2B比率の制御機構を明らかにするため、遺伝子変異マウスの海馬初代培養におけるNR2AとNR2Bの細胞内局在と発現量レベルを免疫細胞化学的にまた電気生理学的に詳細に解析し、その破綻がNMDARの細胞内分子モーターの導入により改善されるかを検討します。また、NMDARの分子モーターによる輸送と局在が、実際に個体レベルで統合失調症に重要な役割を担っていることを明らかにするため、分子モーターの遺伝子ノックアウトマウスまたはカーゴ輸送能の欠損した遺伝子変異マウスの海馬にアデノ随伴ウイルスを用いて分子モーターを導入し、表現型が改善されるかを検討します。 統合失調症など神経・精神疾患の発症にKIF3やKIF17によるNMDARの輸送がどのような意義を持っているか、引き続き統合失調症感受性遺伝子変異を導入したマウスを用いた研究を進めていくことで、統合失調症の根本的な治療法を確立することに繋がる新規の細胞内分子メカニズムの解明を目指します。
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