2020 Fiscal Year Annual Research Report
包摂的芸術文化制度に関する日星比較研究:終末期を迎えた人とその家族のために
Project/Area Number |
20J01664
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
南田 明美 九州大学, 芸術工学研究院, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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Keywords | 高齢者 / 芸術活動 / 音楽 / 文化的コモンズ / コミュニティの形成 / 文化政策 / アートマネジメント |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、基礎自治体の文化政策と市井の人々が有機的に結びつく、新しい包摂的な芸術文化政策の在り方を日星比較で明らかにする。特に、終末期を迎えた人と家族が芸術文化を通して憩える「広場=文化的コモンズ」(地域創造:2015)の形成に関する比較研究を行う。 本年度は、コロナ禍により計画を変更し、1)阪神間における高齢者を対象とした音楽活動を行っている施設運営者と音楽家らが、どのような信条を持って高齢者のための音楽ワークショップを実施しようとしているのか、それが文化的コモンズとの形成に関わるのか、または関わっていないのか、2)彼らは、日本・基礎自治体の高齢者のための芸術文化制度との間でどのような問題を抱えているのかを明らかにしようとした。本研究は萌芽的かつ先駆的なものであるため、本年度は現状を捉えることに徹した。 コロナ禍で試行錯誤を繰り返しながらも2020年8月より、施設A(兵庫県西宮市)でのフィールドワークが可能となり、月に1度のアクション・リサーチ(音楽ワークショップ)を実施し、さらに2021年3月に施設Aで業務契約を結ぶ5人の音楽家へのインタビュー調査ならびに彼ら/彼女らによるワークショップの参与観察を行った。 なお、前期中、一昨年度に実施した豊中市立第二野田住宅における日本センチュリー交響楽団の「お茶の間オーケストラ」のデータ分析を行い、9月1日にAAS-in-Asiaで発表した。また、後期には日本文化政策学会若手フォーラムでアクション・リサーチを実施するまでに施設Aに適宜通っていた時に得た参与観察ならびにインフォーマル・インタビュー・データを基に発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナ禍により研究計画を大幅に変更せざるを得なくなった。とはいえ、2020年8月より施設Aにてアクションリサーチができるようになった。Felicia Lowのパーソナル・センタード・アート・アプローチを応用しながら音楽ワークショップ・デザインを行い、高齢者のニーズと反応を測定していった。また適宜施設側と打ち合わせを行い、問題を明確にしていった。結果、施設側は「皆が笑顔になり一緒に唄うこと」をモットーとしているが、口腔機能の改善や認知症の遅れなどの機能改善を目的としている。すなわち、芸術の道具的価値に重きを置く。一方で、音楽家らは、高齢者が好きな音楽は何かとニーズを拾おうと努めながらも、斉唱と回想法に重きをおく。斉唱では、個々人がつなぎ合うことはなく、「ズレ」をよしとしない。回想法のみを用いると、パーソナル・センタード・アート・アプローチの認知的次元(このアプローチは社会会的次元、個人的次元、認知的次元、文化的次元から成る)に偏りすぎていたのである。音楽の本質的な楽しみは、「ズレから統一へ」と移行する過程における非言語的、言語的コミュニケーションにあり、その過程で個人は自己表現力や自己決定力、自己アイデンティティを高めていく。この要素が欠落していることから、施設内の文化的コモンズの形成やコミュニティの形成まで至っていなかった。 アクション・リサーチを実施していくなかで、理論の再検討を行う必要性を感じた。芸術を通して皆が憩える広場=文化的コモンズを形成していくためには、コミュニティの制度的問題のみならず、芸術内部で起こっているコミュニケーションを「翻訳」していく理論が必要である。そこで、計画を変更し、改めてコミュニティ・アート論やコミュニティ音楽論の文献を解題していくほか、DeNoraの“After Adorno”といった音楽社会学に関する論考を読み進めることにした。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の課題は、昨年に引き続き施設Aにて月に1度アクション・リサーチを行いながら、そこで得た結果の適応範囲を調査することである。また、文化政策への提言に結びつけるため、公文書分析を行いながら、芸術社会学とコミュニティ論に関する理論的枠組みについて考察を深める。さらに、2021年1月以降のシンガポールの長期滞在調査に向け、シンガポールの高齢者の芸術活動に関する情報収集を実施する。 4月から7月まで、2021年3月に実施した施設A(兵庫県西宮市)での音楽家へのインタビュー・データをSCAT分析にかける。分析を通して、音楽家が抱く高齢者のための音楽ワークショップへの信条と、芸術文化制度に関する問題を明らかにする。適宜、インフォーマントに追加インタビューをメールで実施する。また、参与観察データと筆者が行ってきたアクション・リサーチのデータに関する映像分析方法を開発し、音楽のなかで行われている非言語的コミュニケーションの可視化を図る。分析結果は、7月末と8月末の国際学会でで発表する(両者ともに受理済み)。 7月以降、高齢者の音楽活動に係る芸術社会学及び諸分野の理論書と論文の講読を進めていく。また7月から9月にかけて、上記の分析結果の適応範囲を考察するため、阪神間で高齢者施設や公民館で音楽活動を行う音楽家にインタビューを行う。新型コロナウィルスの蔓延状態を見ながら、音楽家を通して施設から許可を取り、参与観察を実施する。その施設の管理者へのインタビューも実施したい。また、兵庫県西宮市と大阪府豊中市の文化政策と高齢者施策、さらにコミュニティ政策に関する公文書分析を進める。 10月以降は、公文書分析を基にしながら上記に挙げた部署の担当官にインタビューを行い、高齢者の芸術活動推進に係る文化政策的問題点の抽出を図る。さらに、大阪府豊中市にある施設Bにおける高齢者のための音楽活動の事例採取を行う。
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