2021 Fiscal Year Annual Research Report
宋代仏教絵画史の再構築に向けた南宋仏画の総合的研究
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20J01667
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
高志 緑 京都大学, 人文科学研究所, 特別研究員(PD) (80792720)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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Keywords | 王権主導の仏教事業 / 五百羅漢 / 水陸会 / 普度大斎 / 普度明太祖長巻 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和3年度から令和4年度(繰越分)にかけては、主に二つの研究を行った。 一つ目は、前年度より行っている研究で、南宋仏画の基準作ともいえる「大徳寺伝来五百羅漢図」に描かれた内容の分析である。本作はもと百幅からなり多彩な画題を含む作例であるが、宋代までに行われていた王権主導の仏教事業が隠れたテーマの一つであり、全体として五百羅漢の化現そのもの、および羅漢によって演じられる仏教事跡の表象によって、南宋の王権を正統化することが構想されていた可能性を考察した。本作は勧進によりおよそ10年をかけて制作されていることからも、通常の儀礼の本尊画像とは異なる成立事情が想定される。令和3年度に学会発表を行い、令和4年度は引き続き図像の分析や隣接領域の研究の把握に努めた。 二つ目は、明代初期の宮廷が関わった仏教主題の絵画の研究である。本研究課題からすると後世の作品であるが、宋代以来の美術や仏教と王権との関わりを受け継ぎ、その一部が強調されている意味では注目に値する作品群といえる。主な研究対象は、王権を正統化するための奇瑞を主題とし、五言語合璧の詞書をもつ「普度明太祖長巻」(チベット博物館蔵)と独尊で菩薩像を描く「観音菩薩像」(龍谷ミュージアム蔵)を取り上げ、宋元の絵画伝統が明初にいかに継承されたかについて、その過渡的な様相とともに分析した。とくに永楽期は宮廷絵画史が最も不明瞭な時期であり、現存作例も少ないが、前後の時代の作品を対象に様式分析を試みた。この研究成果は『アジア仏教美術論集 東アジアⅤ(元・明・清)』(中央公論美術出版、2022年3月)に収録された。 上記二つの研究を通して、各時代の王権と仏教絵画との関わりについての一定の知見が得られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究課題は当初、日本に現存する宋元仏画と中国に現存する石窟寺院、寺観壁画、墓室壁画、出土遺物などに表される図像や尊像構成を横断的に比較し、宋代を中心とする仏教美術を主題、様式、機能といった多様な観点から研究することを企図していた。しかし新型コロナウイルス感染症により現地調査が不可能となったため、コロナ禍でなくてももとより現地調査が困難な作品を視野に入れ、研究蓄積の乏しい明初の宮廷系仏教絵画の研究に取り組んだ。 とりわけ「普度明太祖長巻」(チベット博物館蔵)は、永楽期の宮廷絵画の基準作(およそ永楽5年・1407年)として最重要ともいえる作品であり、本研究課題で主要なテーマとしている水陸会(中国における施食儀礼)の展開を考える上で欠かせない、国家事業としての普度大斎(ここでは水陸会とほぼ同義である)の様子を描いた長大な画巻である。普度大斎に際して発生した数々の祥瑞の図像は、宋・元時代の絵画伝統からの影響が指摘できるが、これらの比較分析に当たっては日本に豊富に現存する宋元仏画が大きな意味を持つ。さらに、本画巻の研究、王権の正当性の確保という点で類似の主題をもつ「大徳寺伝来五百羅漢図」を考える上でも有益である。また、同じく類例が少なくほとんど研究されてこなかった「観音菩薩像」(龍谷ミュージアム蔵)の熟覧調査を行い、宋元仏画の伝統的な表現と明初の仏画の特徴を併せ持つことを分析し、絵画史上に位置づけることができた。 令和3年度は、前年度より研究していた「大徳寺伝来五百羅漢図」の研究成果を仏教史学会学術大会にて口頭発表し、当初の計画とは異なる研究ではあるが「普度明太祖長巻」ならびに龍谷ミュージアム所蔵の「観音菩薩像」という明代初期宮廷系仏教絵画について考察し、『アジア仏教美術論集 東アジアⅤ(元・明・清)』にまとめることができた。よって、当初の計画以上に進展したと判断できる。
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Strategy for Future Research Activity |
令和2年度以来取り組んでいる「大徳寺伝来五百羅漢図」は、南宋仏画の中でも随一の情報量を有する大作であり、今後も引き続き考察を続けていくこととなる。特に令和4年度に、国内外で「大徳寺伝来五百羅漢図」を取り巻く周辺の研究が相次いで発表されたため、これらを踏まえた研究が求められる。特に、令和5年度に東京国立博物館および京都国立博物館で行われる東福寺展にて、本作品の影響下にある明兆筆「五百羅漢図」(南北朝時代・14世紀)が修理後一挙公開され、比較の機会となる。 令和3年度より取り組んでいる「普度明太祖長巻」については、一個人では研究が困難な作品であるが、幸い五言語合璧の詞書を解読する研究会にご縁をいただき、令和4年より唯一の美術史メンバーとして参加している。今後は多言語で構成される詞書の内容とも照らし合わせ、図様の特徴やその位置づけをより深めていきたい。その成果は令和5年の国際シンポジウムで一旦発表し、その後報告書の形にまとめられる予定である。 なお、引き続き海外調査を実施しづらい状況が続くため、それを補う意味でも同時期に制作された朝鮮半島や日本の作品とも比較し、東アジア美術史というより広い視点での研究を心がける。図版や文献史料の収集を継続し、研究材料の蓄積に努めるほか、隣接領域の研究会や講座にも積極的に参加し、情報収集を行う。
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Research Products
(2 results)