2020 Fiscal Year Annual Research Report
大岡昇平における「戦争文学」と「冷戦」の関係性をめぐる総合的研究
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20J10679
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
森田 和磨 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | 戦後文学 / 冷戦 / 収容所 / トラウマ / 共同体 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度である2020年度は、(1)論文執筆および投稿、(2)文学における収容所体験の表象のより包括的な調査(3)本研究の主要な基盤理論であるトラウマ理論の再検討、の三つの作業を行った。それぞれの詳細は、以下の通りである。 (1)「「加害」と「被害」を語るために――『思想の科学』1970年4月号における「ペシミストの勇気について」」というタイトルの論文を学術ジャーナル『JunCture』に投稿し、査読コメントを受けての修正のうえ、掲載が決定した。この論文では、石原吉郎のエッセイ「ペシミストの勇気について」(『思想の科学』1970年4月号)について、掲載誌の方向性や、「加害」や「被害」をめぐる同時代の言説を考慮に入れて精読することで、発表時におけるその思想的意味を明らかにした。 (2)第二次世界大戦以後の、アジア系アメリカ人およびユダヤ系アメリカ人の作品における収容所体験の表象について、該当する作品をリストアップしたうえで講読を行なった。これは、本研究における「収容所」をめぐる問題の広領域性を考慮に入れ、アメリカにおける収容所体験の表象を考察の対象に含めることが必要であると判断したためである。この作業の成果は現時点では断片的なものにとどまっているが、ジョン・オカダやヒサエ・ヤマモト、ソール・ベローなどの小説において、収容所体験の表象の政治性に注目する本研究の企図に関連する要素を抽出することができ、収容所をめぐる比較文学的考察へと発展させる余地を垣間見せるものとなった。 (3)本研究の主要な基盤理論であるトラウマ理論の再検討を行った。具体的には、トラウマ理論の主導者であるキャシー・カルースと、彼女に多大な影響を与えたポール・ド・マンにおける「歴史性」や「出来事」についての考え方を比較し、文学テクストにおける「歴史性」を分析するための理論としてのこの理論の可能性と問題点を探った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初からの研究対象である石原吉郎についての論文が学術誌に採用された他、基盤理論の再検討も進んでおり、一定の成果を残すことができたと考える。 トラウマ理論を検討の対象に含めることは当初の予定にはなかったことであるが、この理論が80年代末から90年代にかけての「ジェノサイド」をめぐる一定の言説的布置のもとで形成されたことを考慮に入れるなら、大岡昇平や石原吉郎と並置してその歴史性を検討に付すことが、現在的視点から「戦後文学」の歴史的形成を問うためには不可欠であると判断した。個々の文学テクストの検討に関しては未完結のものも多いが、トラウマ理論の再検討を経ることで、最終的には、テクストの歴史性を明るみに出すという当初の企図を、日米を含めたより広い範囲かつより深いレベルで実現できると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の当面の課題は、トラウマ理論に関する検討を継続し、学会発表や論文執筆を通して成果を形にすることである。現在までは、キャシー・カルースに視座を置いて「出来事」や「歴史性」といった概念を分析していたが、今後は彼女に多大な影響を与えたポール・ド・マンの著作の精読、ド・マン以後の文学理論におけるトラウマ理論の位置付けの明確化なども課題に含まれる。 また、そのような理論的議論の成果を取り入れたうえで、引き続き、対象作家の個々のテクストの読解や、彼らをめぐる雑誌や新聞上での言説の把握に傾注していきたい。特に石原の詩とエッセイの連続性、大岡の『野火』における敗走兵たちの共同性をめぐる問題を当面の課題としつつ、「研究実績の概要」(2)にも示されたような同時代のアメリカ文学を絶えず視野の中に置くことで、比較文学的な見地からの「戦後文学」の再検討へとプロジェクトを発展させることを目指していく。
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