2020 Fiscal Year Annual Research Report
淡水プランクトン生物間の化学的な情報伝達と人為化学物質によるその攪乱に関する研究
Project/Area Number |
20J11681
|
Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
小田 悠介 信州大学, 総合医理工学研究科, 特別研究員(DC2)
|
Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
|
Keywords | イカダモ / カブトミジンコ / ケミカルコミュニケーション / 誘導防御 / 混雑物質 / 陰イオン界面活性剤 |
Outline of Annual Research Achievements |
生物の生存や繁殖に影響を及ぼさない微量の化学物質が表現型応答を攪乱するという事例が増えており, このリスクの解明は環境毒性学における重要な課題となっている.本研究では, プランクトンで観察される誘導防御(捕食者の放出する化学的信号カイロモンによって誘導される防御応答)を例に, これを制御する情報化学物質(混雑物質)の作用メカニズムを解明するとともに, それが界面活性剤によってどのように攪乱されるのかを明らかにすることを目的に研究を行っている. 現在までに, 個体レベルでの実験を通して以下の研究成果を得た. 1.陰イオン界面活性剤によるイカダモの群体形成の攪乱を介した影響に関する成果 ミジンコ類の放出するカイロモンと類似構造を持つ陰イオン界面活性剤(ドデシル硫酸ナトリウム, SDS)について, 3種のイカダモに対する毒性試験を行い, 増殖率と表現型(群体形成)に及ぼす影響を比較した. また, カブトミジンコを用いて群体を形成したイカダモの摂食実験を行った. その結果, SDSは, イカダモの増殖率に影響を与えないほど低濃度でイカダモ3種の群体形成が誘導すること, また群体を形成したイカダモはカブトミジンコの摂食率を低下させることが明らかになった. 2.混雑物質と陰イオン界面活性剤の類似性に関する実験成果 特定の捕食者に誘導されるミジンコ類の形態変化は, ミジンコ自身が高密度条件で放出する混雑物質によって発現パターンが変化することが知られている. 本研究では, 未だ特定されていない混雑物質の作用や化学構造の解明を目的に,ミジンコ類が放出するカイロモンやSDSを用いて, カブトミジンコの形態変化に及ぼす影響の検証を行った. その結果, 混雑物質は低密度のカブトミジンコからも放出されていること, またSDSは形態変化を抑制する作用があることが明らかになった.
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度では, 本研究課題におけるテーマである「1.陰イオン界面活性剤による表現型応答への影響の解明」と「2.ミジンコが放出する混雑物質(カイロモンの濃度依存的な作用)の特定」に関する研究を進め, 主に個体レベルでの室内実験に着手した. 1つ目のテーマについては, ドデシル硫酸塩(SDS)を試験物質として, イカダモの表現型応答(群体形成)に及ぼす影響, またカブトミジンコの表現型応答(形態変化)に及ぼす影響を検証した. その結果, SDSはイカダモの群体形成を誘導し, カブトミジンコの形態変化を抑制する作用があることが明らかになった. この影響はイカダモやカブトミジンコの増殖や生存に影響しない濃度で起こることから, 既存の生態リスク評価手法(標準試験生物の生存や繁殖を指標とした試験)では検出できない影響が懸念された.また, 具体的な影響として, SDSによるイカダモの群体形成の誘導について, 群体形成したイカダモはカブトミジンコの摂食率を低下させることが明らかになり, 捕食―被食関係へ影響する可能性が考えられた. 2つ目のテーマについては, カブトミジンコの形態変化を誘導するフサカ幼虫カイロモンのアナログを用いて, 形態変化を再現する実験条件を決定することができた. この実験条件で, 低密度での飼育水から抽出, 濃縮したミジンコ由来の物質を濃度調整したものを用いた曝露実験を行った. その結果, 飼育水からC18カラムで回収可能である物質が形態変化の抑制に関連しており, かつ高濃度で作用することが明らかとなった. 以上のように, 当初から予定していた実験を達成し, 成果を得ることができたため, おおむね研究を順調に進めることができたと考えている.
|
Strategy for Future Research Activity |
今後も継続して「1.陰イオン界面活性剤による表現型応答への影響の解明」と「2.ミジンコが放出する混雑物質(カイロモンの濃度依存的な作用)の特定」をテーマに研究を進める予定である. 「1.陰イオン界面活性剤による表現型応答への影響の解明」については, イカダモとミジンコの2種の同時培養系を用いて, 個体群レベルでの実験の実施を予定している. 本実験は, 昨年度までに得られた個体レベルでの影響をより正確に評価するために行う. 具体的には, 構成種の個体群動態を基に算出した指標である系の安定性(密度の変動係数)から, 陰イオン界面活性剤による表現型の攪乱を介した影響を評価する. 「2.ミジンコが放出する混雑物質(カイロモンの濃度依存的な作用)の解明」については, これまでの研究から「混雑物質は高濃度のカイロモンが作用している」可能性が示唆されたため, 今後はミジンコ由来のカイロモン物質のアナログを用いて同様の曝露実験を行い, この仮説を検証していく予定である.
|