2020 Fiscal Year Annual Research Report
戦後日本における絵本をめぐる価値の構築過程に関する歴史的研究
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20J12116
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
若林 陽子 東京大学, 教育学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | 絵本 / 読書 / 歴史 / メディア |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度実施した主な研究課題は、1950後半-1980年代初頭においてなされた子どもの読書にまつわる研究調査の縦断的検討である。本検討は、戦後に量的に拡大した子ども向け出版物全体に対する当時の社会的関心のなかに絵本と呼ばれる出版物への注目を位置づけるための準備であり、絵本をめぐる価値が他のメディアに付与された価値との差異によって生成する過程の一端を明らかにすることを見通す。1950年代後半から現在まで続く日本読書学会の学会誌『読書科学』から約25年分の子どもの読書にまつわる実証的な調査研究を抽出した結果、以下のことが明らかになった。 『読書科学』に掲載された論文のうち、子ども向け出版物の具体的な内容を分析する研究群が存在した。これらは、同時代の多様な子ども向け出版物の現状を一望する性格を有する。ただし、これらが個別の出版物を評価し品質改善を見通す性格は約25年の間に薄まる傾向にあった。このような動きと並行して、絵本と呼ばれる出版物を扱った研究では、他のメディア形態の出版物と比べると評価研究も残されるものの、読み聞かせという絵本特有の活動に焦点を当てた分析が70年代以降を中心に成長し、早くも評価研究の数と拮抗していた。したがって絵本に関する研究は、品質改善を見通すという従来からの子ども向け出版物に関する研究の流れに位置づきつつも、絵本の読み聞かせという活動が検討されるようになるとともに、絵本自体の価値を問わない研究視点を定着させつつあったことが示唆された。 上述の研究のほか本年度は、絵本をめぐる価値構築過程を明らかにする試みとして、1960年代後半における絵本を用いた保育実践研究の様相を描いた既発表論文に追加調査を実施のうえ書籍論文集にまとめたほか、児童文学評論家・鳥越信の家庭文庫活動を通じた絵本批評の特徴を明らかにした査読論文を作成した(受理済)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ禍にあっても図書館の空いている日を活用して史料調査は順調に進めることができ、その成果をまとめた学会発表も行うことができたが、学会発表の段階では精査できなかったデータの追加分析や分類の見直しに着手できなかったため、論文原稿にまとめる段階には至らなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、前年度に残した原稿作成や研究発表の課題に引き続き取り組むとともに、社会における絵本というメディアの形成過程を明らかにするための新たな資料調査に着手する。前者について、前年度実施し学会発表を行った子どもの読書にまつわる研究調査の縦断的検討を精査し、査読論文としての原稿化を行う。また、前年度行った児童文学評論家・鳥越信の絵本批評に関する研究のうち、前年度のうちにまとめられなかった部分である、鳥越による絵本批評の児童文学評論における位置づけに関する研究を再検討して国内学会で発表する。他方新たな資料調査について、絵本を用いた研究の問いや方法に表出する絵本への意味づけを、前年度から検討してきた学会誌とは異なる角度から明らかにするために、特定の心理学者(阪本一郎と波多野勤子)の研究史を描出することを目的とする。具体的には、戦後の日本における教育・発達心理学史の先行研究を収集しながら、絵本に関する論考の網羅的なリストを作成し、その内容と前年度の研究成果に見られた絵本の評価研究の衰退傾向との関連を検討する。以上の検討により、戦後日本において絵本および絵本を読み聞かせる実践の価値が、絵本に関わる理論と実践双方においてどのように見出され、絵本をめぐる価値を構築してきたかを明らかにする。
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