2020 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
20J12167
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
諸岡 友真 立教大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | James Baldwin / ブルース / 人種表象 / 白人性(ホワイトネス) / 情動 / 愛 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、20世紀後半の米国黒人作家ジェイムズ・ボールドウィンの小説Another CountryとTell Me How Long the Train’s Been Goneにおける黒人音楽表象の政治的意義を解明するため、作家独自の黒人音楽観を情動理論の視座から探求した。その過程で、作家にとって黒人音楽とは、楽曲自体ではなく、人間の存在状況を指すことが判明した。黒人音楽を説明する際、ボールドウィンが使用する諸概念(「生の力」、「愛」、「官能性」)は、人種、ジェンダー、セクシュアリティの問題と不可分である。作家は、「官能性」とは、「生の力を享受し、愛することから食事に至るまで、自らの全ての行いに立ち会うこと」だと述べる。「生の力」とは、ボールドウィンによれば、全ての人間が、苦痛を受け入れたうえで、「出産」、「闘争」、「死」、「愛」といった「普遍的なもの」を信じることを意味する。作家は、米国白人の理想化された「白人性」が黒人のステレオタイプによって措定されている事態をあぶり出したが、彼らの自己愛的な自己認識が、人種的区分を無化する「官能性」を拒絶してきたと主張した。 2020年7月に開催された日本英文学会第92回全国大会では、ボールドウィンの黒人音楽観を踏まえたうえで、Tell Meにおける黒人音楽表象の意義に着目する発表を行った。その後、Tell Me読解を深化させるため、Another Countryの黒人男性主人公ルーファス・スコットの自殺を、ボールドウィンの黒人音楽観に照らし合わせて分析し、その成果を英語論文へまとめた。同論文は、ルーファスの死と彼の黒人音楽からの疎外の連関を論じるとともに、米国白人によって誤解されてきた「官能性」や「生の力」を、情動理論の土台を成すスピノザの「コナトゥス」とホワイトネス・スタディーズの知見に基づき分析した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
新型コロナウィルス感染症の蔓延により、当初予定していた米国での文献調査を行うことができなかった。また、エッセイやインタビューにおけるジェイムズ・ボールドウィンの独創的な黒人音楽観の概念化の作業に予想以上の時間を費やしてしまった。2020年度に執筆した英語論文は学術誌の掲載に至らなかったが、その原因として、ボールドウィンの黒人音楽観に気を取られるあまり、小説における黒人音楽表象の細やかな分析にまで手が回らなかったことが挙げられる。とはいえ、伝統的なブルースの定義から逸脱するがゆえに等閑視されてきた作家による独自のブルース観の全体像を詳らかにすることができたのは、2020年度の研究の大きな成果である。
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Strategy for Future Research Activity |
ジェイムズ・ボールドウィンの黒人音楽観と小説における黒人音楽表象の関係を情動理論の視座から分析することで、様々な反省点が生じた。第一の反省点として、ボールドウィンの評論言語と、小説の文学表象を十分に峻別できていなかったことが挙げられる。具体的には、エッセイにおける作家のブルース観を、“Sonny’s Blues” や Another Country の黒人音楽表象の解釈に当てはめてしまった。次年度は、どの地点において、ボールドウィンのエッセイとAnother Countryが異なっているのかを徹底的に見定めていく予定である。第二の反省点は、「コナトゥス」や情動理論に対する理解不足である。これは、現在でも継続中の課題である。今後は、スピノザやジル・ドゥルーズの思想を現代的な問題へと応用したブライアン・マッスミのParables for the Virtualや、大衆音楽と情動の問題を論じたローレンス・グロスバーグのDancing in Spite of Myself、また、「醜い感情」という概念によって新たな文学批評の地平を切り開いたシアン・ンガイのUgly Feelingsなどの著作を精読し、情動理論の理解を深めていく予定である。次年度は、上記の反省点を踏まえ、Another Countryにおける黒人音楽表象の意義を探る論文を執筆していく。
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