2020 Fiscal Year Annual Research Report
複数種をめぐるエスニシティ-タイ北部平地諸集団と象の相関についての人類学的研究
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20J12285
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
斎藤 俊介 東京都立大学, 大学院人文科学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | タイ北部 / マルチスピーシーズ / エスニシティ / 象の観光 / コン・ムアン |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度は、マルチスピーシーズ・エスノグラフィ論とタイ北部平地諸集団(コン・ムアン)のエスニシティ論との接合を理論的な軸とし、象を媒介したかたちの、他エスニック集団を内在的に取り込んだ自己定義のありように関するフィールドワーク調査に取り組んだ(於:タイ、チェンマイ県、2020年4月-2021年3月)。さらに、エレファントキャンプ観光という切り口に着目した際にみえてくる様々な問題について、研究成果を論文「象をめぐるツーリズム─タイ北部のエレファントキャンプ観光に関するフィールドワークからの報告─」『研究報告 No.30』として開示した。 タイ社会において象は、古くは戦争、森林開発における木材運搬、1990年代以降の観光資源化と、時代によってかたちを変えつつも、調教行為を通じた人間による訓化を前提とし、人間の経済活動に組み込まれてきた。しかし近年、道具や調教行為を介在しない「手つかず」の状態で象を保護すべきという考えが浸透し、エレファントキャンプ観光に対して大きな影響を与えている。「ケア」「サンクチュアリ」といった象の保護を謳う言説は、エレファントキャンプを訪れるゲストにとって魅力的に映るが、それがどういった行動規範を指し示すのか、という点は曖昧なままである。象使いとゲストの間、あるいは同じく「象の保護」を訴求するエレファントキャンプの間で、「象の保護」が意味するところの不確かさに起因した齟齬や対立が生じている状況について、詳しく検討を行った。 また、コロナウイルス感染症拡大が、エレファントキャンプ観光や隣接する村落社会へ与えている影響についても調査を進めている。2件の口頭発表(1.東京都立大学人間健康科学研究科/人文科学研究科【2020年度部局間交流シンポジウム3】、2.旅の文化研究所第26回旅の文化研究フォーラム)において、その経過報告を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
令和2年度は、フィールドワーク調査を中心に取り組んだ(於:タイ、チェンマイ県、2020年4月-2021年3月)。さらに、エレファントキャンプ観光という切り口に着目した際にみえてくる様々な問題について、研究成果を論文「象をめぐるツーリズム─タイ北部のエレファントキャンプ観光に関するフィールドワークからの報告─」『研究報告 No.30』として開示した。「ケア」「サンクチュアリ」といった象の保護を謳う麗句は、エレファントキャンプを訪れるゲストにとって魅力的に映るが、それがどういった行動規範を指し示すのか、という点は曖昧である。象使いとゲストの間、あるいは同じく「象の保護」を訴求するエレファントキャンプの間で、「象の保護」が意味するところの不確かさに起因した齟齬や対立が生じている。こうした状況について検討を行い、以下の結論を得た。
1.ゲストが希求するような「象の保護」に基づいたエレファントキャンプの運営は、ときに象に悪影響を及ぼす。例えば動物愛護論者の要求に叶う「人間と象との間に境界線が引かれた間接的な交流」として、柵で人間と象を空間的に隔離し、象に対してバナナやサトウキビを与える給餌体験が挙げられる。エレファントキャンプは、ゲストの不評を買いかねないアクティビティを避け、給餌体験を増やした結果、運動不足と栄養過多による肥満のため、かえって健康を損なう象が増えた。 2.エレファントキャンプは一枚岩ではなく、経営理念の違いのため対立する場合もある。象がある種の自然保護のシンボルとなった現在、理念としては動物愛護論者の提唱するところの「象の保護」を達成することが、集客面では望ましい。しかし現実には、「手つかずのまま」象を保護すべきという理念に偏重した経営を行うエレファントキャンプがある一方、象を手懐けることでのみ人間と象の共生は可能、という従来的な経営を行うエレファントキャンプもある。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策について、2021年4月から10月にかけてタイ・チェンマイ県で長期調査を実施する。前年度調査の内容整理を経て浮上した調査項目を遂行するため、補足的な文献調査およびフィールドワーク調査を行う。文献調査については、関係資料を幅広く収集し、観光という文脈において北部タイ平地社会や象がどのように扱われ、表象されてきたのか、という点を明らかにする。フィールドワーク調査については、「象を媒介したエスニシティの多配列性の同定」に関する調査に注力する。調査村におけるエレファント・キャンプの従業員構成をみると、村落住民(コン・ムアン)が事業主となり、そのシンセキが経理等の重要ポストを担う。カレン、イサーン、タイ・ヤイの三集団が主に象使いとして参与し、その他の山地諸集団(ラフ、アカなど)および経営主とはシンセキ関係にないコン・ムアンは単純労働に従事する。ここには、エスニシティおよびシンセキ関係に応じた一定程度の観念的な棲み分けがみられる。従って、エレファント・キャンプにおける、象を介在したエスニック集団ごと/エスニック集団間の日常的場面、すなわちツアー業務から業務時間外の食事や移動に至るまで、参与観察調査および聞き取り調査を通じてその形態を詳細に記録する。その後、同年11月から翌2022年3月にかけて、二度の長期調査によって得られた成果を総合的に検討し、本研究の本研究の集大成として博士論文を執筆する。学会発表を通じた研究成果の開示にも積極的に取り組む予定であり、1.The 12th International Convention of Asia Scholars(採択結果待ち、2021年8月開催)、2.14th International Conference on Thai Studies(採択済、2021年12月開催)の2件の口頭発表を予定している。
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