2020 Fiscal Year Annual Research Report
網膜変性疾患に関わる新しい脂質代謝経路の同定と疾患調節メカニズムの解明
Project/Area Number |
20J12307
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
小野 喬 東京大学, 大学院医学系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | 網膜変性 / PNPLA6 / iPLA2 / ホスホリパーゼA2 / リン脂質 / 網膜色素上皮細胞 / 視細胞 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、脂質の新視点から網膜色素変性症の病態解明に挑む課題である。全身性の神経障害を伴う網膜色素変性症(Oliver-McFarlane症候群、Laurence-Moon症候群など)は、脂質代謝酵素ホスホリパーゼA2分子群のうち、機能が未解明のPNPLA6(Patatin-like phospholipase domain containing 6)の遺伝子多型が関連することが報告され、PNPLA6-related disordersと総称されている。このことから、PNPLA6は網膜や神経系の恒常性維持に極めて重要な役割を担うことが想定されるものの、本酵素の基質や産物、細胞機能の制御機構についてはほとんど明らかとなっていない。そこで本研究では、PNPLA6の網膜における新機能と本酵素異常に基づく網膜色素変性の発症機序を解明することを目的とした。本年度は、①PNPLA6は果たして網膜変性に関わるのかについて遺伝子欠損マウスを用いて解析を進めるとともに、②PNPLA6が網膜のどの細胞に発現し、③いかなる酵素活性を発揮することにより(基質と産物の同定)、④どのような細胞応答の調節を通じて網膜の制御に関わるのかについて、検討を行った。その結果、①マウスにおいてPNPLA6の欠損により網膜変性が生じること、②PNPLA6は網膜色素上皮細胞に主に発現しており、③膜リン脂質(ホスファチジルコリン)のsn-1とsn-2位の双方の脂肪酸を遊離してグリセロホスホコリンに代謝するホスホリパーゼB活性を持つこと、④PNPLA6の発現低下により網膜色素上皮細胞の増殖が抑制されることなどを見出した。本年度は、コロナ禍で研究が満足に行えなかったにも関わらず、PNPLA6-related disordersに伴う網膜変性の発症機序の一端を解明することができ、今後の研究の発展がさらに期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
マウス網膜を用いた免疫染色及び分画の定量的PCRにおいて、PNPLA6は主に網膜色素上皮細胞に高発現していた。タモキシフェン誘導性Pnpla6欠損マウスへのタモキシフェンの腹腔内投与によりPnpla6を欠損させ(Pnpla6fl/fl, CAG-CreER)、網膜を光干渉断層計で観察したところ、網膜色素上皮細胞層と視細胞層の異常(視細胞内節・外接の変性・菲薄化、視板の解離、ミトコンドリアの異常)が認められた。 PNPLA6を過剰発現させたヒト網膜色素上皮細胞ARPE19を用いたリピドミクス解析では、ホスファチジルコリン(PC)とリゾホスファチジルコリン(LPC)のほぼ全ての分子種が対照細胞と比べて著減した。一方、PNPLA6ノックダウン細胞ではPCが増加し、LPCの分解産物であるグロセロホスホコリン(GPC)とその下流のコリン代謝物がいずれも減少した。PNPLA6はリン脂質PCのsn-1位とsn-2位の脂肪酸を切断し、LPCを経てGPCに変換するホスホリパーゼB(PLB)であることが示唆された。PNPLA6のノックダウン細胞では、細胞内コリンが減少し、増殖が低下した。これらの変化は培養液へのコリン供給によりレスキューされた。反対に、PNPLA6の過剰発現細胞では細胞内コリンの増加と増殖亢進が生じ、これらの応答はヒトで同定されたPNPLA6の点変異体や活性変異体では認められなかった。ノックダウン細胞の代謝産物のメタボローム解析では、対照細胞と比べATP/AMP比の低下が認められた。反対に、過剰発現細胞では、解糖系からTCA回路を含めて多くの代謝物が増加した。以上より、PNPLA6は網膜色素上皮細胞においてPLBとして働き、PCからコリンを動員することにより上皮細胞の機能とそれに基づく視細胞との相互作用を調節し、網膜の恒常性の維持に重要な役割を担うものと推察された。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度、①網膜において、PNPLA6が網膜色素上皮細胞(RPE)に高発現していること、②タモキシフェン誘導型のPnpla6コンディショナル欠損マウスを作出し、タモキシフェン点眼によって視細胞の外顆粒層の菲薄化や視板異常等の網膜変性を生じること、③RPEにおいて、PNPLA6は膜リン脂質(ホスファチジルコリンPC)のsn-1, sn-2位の双方の脂肪酸を遊離してグリセロホスホコリン(GPC)に代謝するホスホリパーゼB(PLB)活性を持つこと、等の研究結果を得た。この結果は、RPEにおいてPNPLA6がリン脂質から何らかの代謝産物を動員することにより、網膜の恒常性維持に重要な役割を担うことを示唆している。そこで本研究では、本Pnpla6コンディショナル欠損マウス並びに樹立中のRPE特異的Pnpla6欠損マウスの網膜変性に関する表現型を光干渉断層計撮影による網膜の層構造解析や免疫染色、網膜組織の超微細構造解析等により精査するとともに、遺伝子発現(マイクロアレイ、RNA-seq)、脂質(リピドミクス)、低分子(メタボロミクス)を標的とした統合型オミクス解析を行い、PNPLA6欠損に基づく網膜変性における鍵分子を探索する。RPE培養系において、PNPLA6ノックダウン細胞ではPC(基質)の増加とGPC(産物)の減少に加え、細胞増殖やATP/AMP比の低下が起こることを見出しつつあり、この応答の変化を応用してPNPLA6の下流でRPEの機能を調節する責任産物の候補を絞り込む。最終的に、PNPLA6欠損により生じる網膜変性を対照群と同等までレスキューできる責任代謝物を同定する。これに加え、PNPLA6欠損により視細胞が変性する原因として、RPEからのPNPLA6由来の産物の供給が途絶える可能性や、RPEと視細胞の細胞間接触相互作用が乱れる可能性を想定し、これを解明する。
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