2020 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
20J12480
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
藤井 俊吾 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | verbless directives / 前置詞 / カートグラフィー / 小節構造 / 移動表現 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は動詞要素を含まない構造の中でも、ドイツ語のverbless directives (VD)と呼ばれる方向を表わす前置詞句や前置詞由来の不変化詞を中心に構成された命令文に関する研究を主に進めた。VDは主題項の指示対象を特定の方向へ移動させることを聞き手に命じる機能を有しているが、主題項は前置詞mit 'with'に支配された形(主題mit節)、或いは対格名詞句(対格主題項)として実現する。先行研究では主題項の実現経緯について部分的にしか明らかにされていなかったが、本研究では二種類の主題項の意味的性質及び実現位置の差異に基づき、両者の統語的分析を行った。対格主題項は疑問文の答えとして実現可能であるなど意味的際立ちを有し、またトピックとしての性質も持つのに対し、主題mit節はこれらの性質を有していない。また前者が前置詞由来の不変化詞よりも左側に実現するのに対し、後者はその右側に実現する。本研究は対格主題項の格が左方領域の機能範疇によって認可され、同時に当該の談話機能を有するのに至るのに対し、主題mit節ではmitによって支配されている名詞句の格が認可されていること、及びmitは他の非動詞領域に於いても「最後の手段」として名詞句の格の認可を行っていることを示した。 本研究はVDという独立した非動詞構造を分析することにより、主に動詞文の内部で実現する小節構造の特に談話機能に関わる面を明らかにするだけではなく、名詞句の格の認可というあらゆる領域で問題となる事項についての知見を深めることに貢献した。また本研究で得られた知見はVDという構造が如何なる語彙項目や機能範疇によって構成されているか、つまり音形のない動詞或いは前置詞そのもののどちらによって構成されているかを探る手掛かりにもなっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究はドイツ語の小節構造の性質を明らかにすることを目的としているが、verbless directives (VD)という独立した命令文として機能する非動詞構造の分析を進めることで成果を挙げている。通常小節構造は移動動詞、使役状態変化動詞、態度動詞といった動詞によって構成される文の一部を為すことが普通であるため、特にその談話機能や統語的拡張性について検証することは困難であるが、VDは顕在的な動詞要素が実現しない構造であるため、こうした制約を受けることなく詳細な検討が可能である。まず本研究はVD内の要素の語順や特殊な成立条件を手掛かりに、前置詞句自体が左方領域を構成することを前提にVDの派生過程を明らかにした。これに加え、疑問文の答えとして適格かどうかなどの基準を用いて、二つの主題項の談話機能の差異を明らかにした。VDは命令文とは異なり、条件を表現することは出来ないことは事前の調査で判明していたが、VD内の要素の実現形が談話機能に影響を与えることは予想外の知見であり、この事実は同時にVDの統語構造の解明に大きく寄与する結果となった。 また本研究は同時にドイツ語の態度動詞finden 'find'に関する研究も行い、小節補文内で心態詞が認可されることや評価可変述語の経験者が埋め込まれていることを示すことによって、態度動詞に埋め込まれた場合であっても小節構造がForcePを含む左方領域を有することを明らかにした。これは小節を小さな単位として扱う従来の一般的な認識とは異なる知見であり、今後の二次述語研究を含む隣接領域の研究の発展にも寄与すると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の中心課題であるverbless directives (VD)は主題項として実現しない限り命令を受ける聞き手が統語的に実現しない構造である。これは聞き手が必ず主語の指示対象に含まれていなければいけない真正命令文とは大きく異なる点であり、VDが聞き手をどのようにして事態実現の義務を負う存在として表現するかは命令文一般の意味論にも関わる重要事項である。また主題項が聞き手を指す場合には否定詞が実現出来ないなど、多くの言語の真正命令文に共通する性質も有している。本研究は聞き手がどのようにVDの統語論に組み込まれているかを明らかにすることにより、VDの統語構造を明らかにするだけではなく、真正命令文を含めた様々な命令文の分析に適用可能な分析の構築を目指す。 聞き手志向の義務的モダリティを表現するhigh Modと呼ばれる機能範疇(cf. Hacquard 2006)が否定詞を認可するとしたIsac(2015)の分析を受け入れ、high Modの有無によってVDが否定詞を認可出来るかが異なるとする分析を行う。high Modは義務的モダリティを表現するため、これがあれば仮にForceを疑問文のそれに置き換えても命令(義務)の意味は保持されると予測されるが、実際に主題項の指示対象と移動の義務を負う存在が同一である場合を除き、VDが疑問文に転換出来ることを示す。また真正命令文で主語の指示対象に必ず聞き手が含まれるのは、high Modを介した一致によって左方領域内の聞き手が動詞と素性の共有を行うためであることも示す。これは代替命令文で使われる接続法の動詞とは異なり、真正命令文で使われる命令形の動詞が命令文以外では基本的に使われないことを根拠とする。
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