2020 Fiscal Year Annual Research Report
電子散乱を利用した原子運動量計測法の開発による化学反応中の分子内力場イメージング
Project/Area Number |
20J12788
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
立花 佑一 東北大学, 工学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | 電子コンプトン散乱 / 分子内原子運動 / 原子運動量分布 / パルス電子線 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、化学反応の道筋を決定づける原子に働く力の計測を実現するために、物質内原子の運動量分布の時間発展を観測する新規分光法、時間分解原子運動量分光の開発を行っている。本年度の研究は、この技術的基盤となる原子運動量分光の分子分光法としての確立と、その時間分解分光への展開の2つに大別される。 原子運動量分光を分子分光法として確立するには、実験データに含まれる分子の並進運動と装置関数の寄与を取り除き分子内原子運動の情報を抽出するプロトコルの開発が必須である。本年度は、これまでに構築した並進運動の寄与を取り除く方法に加えて、コンボリューション定理を応用して実験データから分子内での原子運動量分布を一意に抽出するプロトコルを開発した。また抽出した分布の妥当性を検証するために分子振動・回転の波動関数から原子運動量分布を計算する手法を理論家と共同で新規開発した。この計算を水素分子に適用した結果は、水素分子の実験から抽出した運動量分布をよく再現し、原子運動量分光が分子内原子運動を直接観測できる新たな分子分光ツールであると実証できた。 一方、時間分解分光法への展開に関しては、前年度までにレーザーを励起源としたフォトカソード型パルス電子銃を作成し、安定基底状態の標的に対して原子運動量分光実験を成功させている。本年度は追加実験を行い上記成果を論文として発表した。しかしその際、信号強度などの問題でポンププローブ実験が困難であると判明したため、連続電子線と偏光板による新規電子銃の開発へと方針を変更し、シミュレーションで、電子線源の強度を保持したサブナノ秒パルス幅の電子線が作成できる見通しを得た。加えて、信号強度を大幅に増大させるために、従来の熱電子線源ではなく高輝度なフィールドエミッタアレイを電子線源として利用する試みを始め、その電子放出特性を調べるための予備実験用チャンバーの制作まで完了した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
原子運動量分光法の分子分光法への確立に関しては順調に進行している。一方で、時間分解分光法への展開においては、ポンププローブ実験をまだ実現できていないことからも計画通りとは言えない。これは、当初から開発を進めていたフェムト秒レーザーを励起源としたフォトカソード型パルス電子銃では、ピコ秒という短いパルス時間幅に起因する大きな空間電荷効果の影響でエネルギー分解能を維持したまま信号強度を確保することが難しく、ポンプ―プローブ実験の実現は困難であるということが明らかになり、電子銃の設計をやり直す必要が生じたためである。そこで、連続電子線と偏向板を組み合わせて、空間電荷効果の影響を抑えたナノ秒時間幅のパルス電子銃を新たに作成する方針に変更した。荷電粒子トラジェクトリシミュレーションによって電子線源の強度を保持したままサブナノ秒のパルス幅の電子線を作成できることが分かり、これによって次年度の時間分解分光実験の見通しが立ったといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度では原子運動量分光の深化および時間分解分光法への展開を主に行う。 原子運動量分光の深化に関しては、異核二原子分子であるHD分子の原子運動量分光実験を行う。ここでは、HD分子内のH原子とD原子それぞれのスペクトルから運動量保存則に従って同じ運動量分布が得られるかを検証する。この対応関係が実証されれば、分子内のある1つの原子の運動から残りの原子集団の運動も明らかになるため、本手法で得られる情報量が格段に増大する。 時間分解原子運動量分光の開発に関しては電子線ポンプ電子線プロープの実験を念頭にパルス電子銃を作成、実装し、装置のデモンストレーションを行う。パルス電子銃は、連続電子線と偏光板を組み合わせることでサブナノ秒のパルス幅まで達成しうる見通しを前年度に得たので、これをもとに実際に設計・作成する。電子銃の作成後は希ガス原子を対象に実験条件の決定を行いつつ、ポンププローブ実験用のデータ解析プログラムの開発を行う。続いて過渡系の測定のデモンストレーションとして、スペクトルの解析が容易と考えられる水素分子の励起状態、解離過程などを対象に時間分解原子運動量分光実験を試みる。 また上記実験では、パルス電子線の線源として、従来の熱電子線源に代わって高輝度なフィールドエミッタアレイを使用できれば、実験の質が大幅に向上する。そこでフィールドエミッタアレイの原子運動量分光実験での実用化に向けた取り込みを並行して進める。具体的には放出電子のエネルギー広がりや必要な真空度の調査、電子ビームを形成するための各種電極の設計を行う。
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