2020 Fiscal Year Annual Research Report
地球史を通じた大気酸素濃度上昇と気候安定性に関する理論的研究
Project/Area Number |
20J12951
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
渡辺 泰士 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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Keywords | 地球大気進化 / 大気酸素濃度 / 海洋基礎生産 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は,約24-22億年前に地球大気中の酸素濃度が急上昇した「大酸化イベント」における地球環境の安定性や地球環境進化のメカニズムを明らかにすることを目的としている.令和2年度は,太古代(40-25億年前)の地球大気中で形成されたと考えられている「炭化水素のもや」が存在する大気における生物活動の応答について鉛直一次元大気光化学モデル-海洋微生物生態系モデル-炭素循環モデルを用いて調べた.その結果,大気中にもやが存在する場合,海洋基礎生産についての強い安定化フィードバックがかかること,嫌気的な海洋微生物生態系の海洋基礎生産は炭化水素のもやが形成する寸前の条件で最大となることが明らかになった.この最大値は様々のパラメータの値によらずおよそ一定の値をとるため,酸素発生型光合成生物の進化前の太古代の生物生産の理論的な極限値であることが明らかになった.以上の研究結果は太古代後期の酸素濃度の上昇過程における海洋基礎生産に強い制約条件を与える重要な研究成果である.令和2年度はこれに加え,太古代における大気光化学反応系を表現しつつ大気組成の変化の長期的な時間発展を計算できるような地球システムモデルの開発に取り組んだ.このモデルの開発は順調に進み,これまでの鉛直一次元大気光化学モデルから計算された無酸素条件における海洋からのメタン供給率の変化に対する大気組成の応答をよく再現する結果が得られた.さらに,これまでの研究で開発を進めてきた海洋微生物モデルおよび炭素循環モデルをこの大気光化学ボックスモデルに直接的に結合することに成功した.本モデルは単純な構造にもかかわらず,太古代の無酸素条件の地球環境において重要となる大気光化学反応やそれに伴う生物活動の応答をよく表現できており,将来的に様々な年代や様々な時間スケールの現象について応用することが期待される.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和2年度における当初の目標は,微好気的-弱好気的な条件に適した大気光化学モデルを大気組成の変化の長期的な時間発展を計算できるような手法を開発する構想であった.このモデル開発は非常に順調に進み,酸素発生型光合成生物の進化以前の地球環境の時間発展的挙動を計算可能なモデルとして開発することに成功した.この大気光化学モデルを微好気的-弱好気的な条件へと本格的な応用すべく,並行して進めていた微好気的条件における鉛直一次元大気光化学-海洋微生物生態系結合モデル計算に基づくチューニングを進めていた.その過程で太古代後期の微好気的条件における海洋微生物生態系の挙動について重要な研究成果が得られたことから令和2年度はこちらの解析にも注力し,炭化水素のもやの関与する大気光化学反応系の観点から,太古代の海洋生物基礎生産について制約を行うことができた.一方,令和2年度当初は,鉄などの酸化還元敏感元素の沈殿鉱物の安定相及び準安定相の相平衡と反応速度を考慮した海洋生物地球化学モデルの開発を計画していた.これは上述の大気光化学モデルに直接的に結合することを想定した海洋ボックスモデルの開発を構想していた.このモデル開発については,上述のような予想外の研究の進展があったため令和2年度中は見送る判断をした.ただし,このモデル開発に向け,酸化還元敏感元素である鉄の挙動を再現可能な海洋鉛直一次元モデルおよび地球システムボックスモデルの開発はほぼ完了しており,詳細な酸化還元敏感元素の挙動の海洋化学反応過程を導入する前段階まで進展した.以上のように,当初の研究計画通りではないものの,当初の研究計画におけるモデルの重要な開発段階まではほぼ完了していること,またその開発過程において太古代における海洋生物基礎生産について想定外の重要な知見を得ることができたことを踏まえ,おおむね順調に研究が進んだと判断する.
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Strategy for Future Research Activity |
令和3年度はまず,太古代から原生代にかけての大陸の成長過程や,二酸化炭素などの大気主成分の火山からの脱ガス率の変動など,大気海洋系に対する外的な境界条件の進化に対して地球表層環境および大気組成の安定状態がどのように変遷・進化してきたのかを鉛直一次元大気光化学-海洋微生物生態系-炭素循環モデルを用いて定量的に明らかにする.そのためには,当時の気候および炭素循環の安定状態の変遷に伴う海洋リン循環の過程を整合的に導入する必要がある.これまでのモデルは大気光化学系-海洋微生物生態系の平衡状態を計算し,そこで得られた大気組成に対する平衡状態に対して炭素循環の平衡状態を計算するような構造であったため,炭素循環の変化に伴うリンの供給率の変動による海洋微生物生態系の酸素供給率の変化過程まで整合的に計算することはできなかった.そこで,この炭素循環モデルを直接的に大気光化学-海洋微生物生態系モデルに結合し,モデルの各時間ステップごとにリンの河川供給率・酸素の生成率を計算し,大気光化学モデル部にフラックス形式で与えるよう改良し,大気酸素濃度の上昇が駆動される条件を明らかにすることを目指す.次に,そのような平衡状態の変遷過程における地球表層環境の動的変化過程を明らかにするために,令和2年度に開発を進めた地球システムボックスモデルに詳細な海洋物質循環過程を組み込むことを第二の目標とする.このモデルを酸素発生型光合成生物の進化後の条件にも適応可能となるように拡張し,上述の大気光化学-海洋微生物生態系-炭素循環モデルで得られた平衡状態を整合的に再現する.そして,酸化還元敏感金属元素の関与する海洋化学反応系を導入することで地質記録との比較検討を行い,地球史における酸素濃度変遷過程などの時間発展的な挙動を明らかにすることを目標とする.
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