2020 Fiscal Year Annual Research Report
19世紀のスペイン思想史学におけるイスラム研究:メネンデス・ペラーヨとアラビスタ
Project/Area Number |
20J13382
|
Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
関 智彦 名古屋大学, 人文学研究科, 特別研究員(DC2)
|
Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2022-03-31
|
Keywords | ペラーヨ / イスラム学 / 帝国主義 / 北アフリカ政策 / カトリシズム / スコラ学 / アヴェロエス / 能動知性単一説 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、19世紀後半から20世紀初頭のスペインにおけるペラーヨとイスラム学者の影響関係を、両者の著作と往復書簡、ヨーハン・ヒュックの『アラブ・イスラム研究誌』の比較分析により明らかにした。まずはスペインのイスラム学の特色を分析し、次のように結論した:北アフリカ政策をめぐり右翼と左翼が対立する当時のスペインでは、植民地政策におけるイスラム学の活用は実現しなかったが、スペインのイスラム学者達はイスラム学を政治から分離し、柔軟な雰囲気の中で研究できる特権を手にした。また、帝国主義においては後進国である一方、アラビア語文献の翻訳事業により国際的貢献を実現したように、スペインのイスラム学は単に後発ではなかった。 次に、ペラーヨと同時代のイスラム学者の往復書簡を分析した。次のように結論した:ペラーヨはカトリシズムを軸に、スペイン思想の発展とイスラム・ユダヤ思想の影響関係を捉えたが、リベーラも、カトリック・スペインを西洋と東洋の中間に位置付ける思想史観を共有していた。彼らの指導の下、カトリック司祭でもあるアシンがキリスト教思想とイスラム神秘主義の影響関係に関する研究を完成した。このようにペラーヨを中心として、カトリックの立場からスペインのイスラム思想とキリスト教思想の影響関係を再評価するスペイン固有のイスラム学の潮流が形成された。 次に、ペラーヨの『スペイン異端者史』におけるイスラム叙述を分析した。本分析により、彼自身のイスラム思想史学における関心はスコラ学派の神学論争、特にトマス主義者によるアヴェロエスの学説の論駁に集中したことが分かった。彼はアヴェロエスによるアリストテレス哲学の解釈の中でも特に、知性単一説の汎神論的側面と強く関わる能動知性単一説に関心があった。現代西欧でも続くこの点の議論に、自国から独創的な貢献をすることが、イスラーム思想史学における彼の知的関心の背景であった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
特別研究員制度への申請テーマは筆者の研究テーマの一部である。本年度の研究の方向性が申請テーマから大きく逸れているように思われるかもしれないが、以上で述べた各論は「ペラーヨのスペイン文化国家観‐異端への着目の背景について‐」というテーマの下、博士論文に集約できる。国内外の同時代人との研究交流とスペイン再興論争はペラーヨの文化国家観における横軸の異端、イスラム学に対する知的関心と現代中南米の精神文化や学術に対するペラーヨの影響は、時間軸と言う意味において、縦軸の異端として位置付けられる。この視点から各論を整理し、博士論文を構成する予定であるが、イスラムはスペイン史において数多く存在した異端思想の中でも、現代スペインにおける文化国家観に直結する異端である。イスラムはペラーヨが特に着目した異端であるのみならず、自国の精神文化に対する強い劣等感に苛まれていた現代スペインの知識人の再興論争においても、その文化的影響をめぐり熾烈な論争が展開された。それを踏まえると、申請テーマを次年度でさらに研究し、「ペラーヨの文化国家観におけるイスラム」として、博士論文を構成する1章として位置付けることができる。この博士論文を執筆する中で、スペイン語圏の学術史やスペイン思想史学、西洋におけるイスラム学を捉え直す一つのパースペクティブを確立できる。また、19世紀後半の一西欧国スペインにおける歴史認識と学術、institutionの関係の実態を解明する土台を与えることができる。 以上を踏まえると、本年度の研究を通して、申請テーマとその関連テーマの有機的繋がりを構築する直前までたどり着くことができたと言える。それは当初の予定をはるかに上回る進歩である。来年度で博士論文(課程博士)を提出する予定であるが、本年度における進歩は、その時間的制約に位置付けても順調であると言える。
|
Strategy for Future Research Activity |
「現在までの進歩状況」にも記したように、今後は博士論文の執筆に専念する。また博士論文を書き上げた後、加筆部を査読申請する。コロナ禍が収束せず、学会発表が可能か否か不確かなため、博士論文提出前は、可能であれば、学会紀要に何らかの報告原稿を応募する。 博士論文の執筆において、これまでの研究成果の整理が主な作業であるが、更なる研究調査が必要な項目もある。その研究調査には日本国内にない西語文献も必要となるが、電子媒体での資料収集を試みる。それが不可能な場合は、コロナ対策を徹底した上で書籍を購入する。 博論の内容に関して、論の全体的な構成が最も大きな課題となることが予想される。第一章はペラーヨが生きた19世紀後半から20世紀初頭のスペインの知的環境、スペイン再興に関するペラーヨの問題意識、当時のスペインの知的環境や時代背景の下でペラーヨが意識した文化国家モデルについて論じる。 第二章では、異端を重視するペラーヨの文化国家観における「横軸の異端」すなわち近代におけるスペイン語圏の水平の広がりと、それに関する彼の問題意識を論じる。ペラーヨは当時未確立であったスペイン精神史に関して、通史的かつ統一的であると同時に多様な基盤を与えようと試みた。その際に意識せざるを得なかった中南米文学文化に、彼が如何に向き合ったのかを解明する。 結論前の最終章である第3章では、イベリア半島において歴史的・地政学的に特異な背景を持つイスラム学を通じて、フランコ体制以前のスペインの学術の実態と特質を解明する。ここに、科学研究費への申請テーマを位置付ける。これまでの発見を、フランコ体制以前のスペインの学術という枠組みの下で捉え直す。 スペイン再興、中南米文学文化への向き合い方、イスラム学の3項目を「ペラーヨのスペイン精神史学とスペイン文化国家観」という枠組みの下で1つの論として提起する。それが本年度の方策である。
|
Remarks |
学会発表は、コロナ禍のため、ほぼ全て中止となった。
|