2020 Fiscal Year Annual Research Report
分岐理論に基づいたErbBシグナル伝達系による細胞周期制御の解明
Project/Area Number |
20J20192
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
井元 宏明 大阪大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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Keywords | システム生物学 / 数理モデリング / シミュレーション / がん / シグナル伝達 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度は,遺伝子発現データから細胞内シグナル伝達系のダイナミクスを推定する数理モデリングフレームワークBioMASS を構築した. 細胞内の生化学反応ネットワークを記述した数理モデル内で,ダイナミクスを形作る要素として,結合・解離などを表現する速度論的パラメータと時刻0におけるタンパク質の濃度を記述する初期値の2つが存在する.このうち,パラメータに関しては,反応に関わるmRNAやタンパク質の化学的性質のみに依存すると考え,細胞株間で共通と仮定した.一方で初期条件は,細胞株ごとの発現プロファイルを反映しているとし,遺伝子発現量情報を初期値に取り込むことにした. まず,ErbB受容体から早期転写制御までの反応過程を包括した数理モデルを,先行研究で論文化された数理モデルを統合することで構築した.次に,乳がんの4つのサブタイプを代表する細胞株であるMCF-7, BT-474, SK-BR-3, MDA-MB-231を上皮成長因子およびヘレグリンで刺激した際のタンパク質の活性化強度の時系列データを取得した.このうち,MCF-7, BT-474, MDA-MB-231の3細胞株の実験データおよびそれらの遺伝子発現データを用いて数理モデル中の速度論的パラメータを訓練した.最後に訓練されたパラメータセットを用い,SK-BR-3細胞株の遺伝子発現データを入力としてモデルのシミュレーションを行なった.その結果,遺伝子発現情報のみから定量的な細胞内シグナル伝達系のダイナミクスを再現した.最後に,本研究で構築したフレームワークを用いて,Aktシグナルが受ける影響を解析した.その結果,ErbBシグナル伝達系のアダプタータンパク質は,その量に応じてAktシグナルを正にも負にも制御しうることを明らかにした.以上の成果は,Cancers誌上で発表され, 大阪大学およびJSTからプレスリリースされた.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
上記の進捗に加えて本年度は,数理モデル構築をさらに容易にするために,新しいモデリング技術の開発にも取り組んだ.これまで数理モデリングにはプログラミングの知識や経験を必要とし,実験研究者が新規に取り組むには障壁が高いという問題があった.そこで,これまでの細胞モデリング研究の文献を調査し,モデル化の対象となる生物学的イベント,反応の記述に使用される数式と英語表現をリンクさせることで,数式を必要としない文章から数理モデルを構築する新しいモデリング手法を構築した.この手法を用いることで,比較的規模の大きな数理モデルも容易に,かつ誤りなく構築することができるようになる.また,この手法で必要となるのはテキストファイルの編集のみであることから,実験研究者の数理モデル構築に対する心理的な障壁を低くし,細胞モデリング研究の革新的な飛躍につながると期待される. 以上を踏まえ,当初の計画以上に進展していると考えている.
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は,この手法を活用し,がん遺伝子Mycに注目した新たな数理モデルを構築し,The Cancer Genome Atlas(TCGA)データベースから取得した患者個人レベルの遺伝子発現データと統合する.網羅的な遺伝子発現データが公共データベースより取得可能となった今日においても我々は依然として,患者ごとの疾病の根底にあるメカニズムを理解するに至っていない.また,こうしたデータベースが提供するのはスナップショットの遺伝子発現情報であり,細胞制御に重要なシグナルの動的な変化に関する情報は得られない.そこで我々は,数理モデルを介して,遺伝子発現情報から患者ごとのシグナル伝達系の活性化動態をコンピュータ内に再現することを目指す.そして,モデルから推定されるダイナミクスの特徴をがんのサブタイプ分類に使用することで,患者の予後を予測し,そのメカニズムに迫ることを可能にする新規手法を開発する.さらに,Mycを起点とした細胞周期制御までモデルを拡張させ,増殖シグナル依存的な細胞増殖の定量的な応答メカニズムの解明を目指す.
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Research Products
(5 results)