2021 Fiscal Year Annual Research Report
分岐理論に基づいたErbBシグナル伝達系による細胞周期制御の解明
Project/Area Number |
20J20192
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
井元 宏明 大阪大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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Keywords | システム生物学 / 数理モデル / がん / シグナル伝達 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和3年度は、患者固有モデリングフレームワークであるPasmopy (https://github.com/pasmopy/pasmopy)を開発し、乳がん患者の層別化をおこなった。乳がんは、ホルモン受容体やHER2受容体の発現レベルから4つのサブタイプに分類される。その中でも、トリプルネガティブと呼ばれるサブタイプはエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、およびHER2受容体のいずれも存在せず、他のサブタイプと比較して予後が悪いことが知られている。さらに治療標的となる受容体が発現していないことから、新たな治療戦略を見つけることが急務である。本年度は、このトリプルネガティブの乳がん患者について分子メカニズムを記述した数理モデルを作成し、予後の予測と治療標的の同定を目指した。 モデル内の反応速度定数を決定するために、乳がんの4つのサブタイプを代表するサブタイプであるMCF-7, BT-474, SK-BR-3, MDA-MB-231の細胞株からEGF, HRG刺激時のタイムコースデータをウェスタンブロットにより、さらにそれぞれの細胞株の遺伝子発現量をCCLE(Cancer Cell Line Encyclopedia)データベースより取得することで、それらの対応関係をパラメータに学習させた。学習後、TCGA(The Cancer Genome Atlas)データベースより取得した乳がん患者固有の遺伝子発現データを入力とし、患者固有のシミュレーションをおこなった。 各患者のコンピュータ上での動的な応答特性は様々な特徴量として抽出可能であるが、その中でもEGF, HRG刺激時の最大値の情報を使用するとトリプルネガティブ乳がん患者の予後を分類できることを示した。さらにこの分類結果は、従来の静的な遺伝子発現データのみに基づく分類と比較して、より明確に予後を分類できることがわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度は、患者固有モデルの使用用途を押し拡げ、上記の予後分類からさらに進んで、それを説明しうる制御の予測を可能にした。予後を分ける分子メカニズムを特定するために、各患者群において感度解析を実施し、モデルの出力(c-Mycの活性化)において高感度な要素を探索した。解析の結果、予後の良い患者群においてはEGFRにおいてより高感度に応答することが示された。この結果から、予後の良い患者群においてはEGFR阻害剤がより効果的に機能し、予後の悪い患者群においては薬剤耐性を示す可能性が示唆された。この仮説を検証するために、CCLEの薬剤応答データベースを使用した。まず、がん細胞株を、トリプルネガティブ乳がん患者の予後を分類した指標と同様のErbB受容体比率で分類し、EGFRの発現比率が高い群と、低い群でEGFR阻害剤への感受性を調べた。その結果、モデルの予測と一致し、予後の悪い患者群に対応するEGFR発現比率の高い細胞株においては、EGFR阻害剤であるエルロチニブ、ラパチニブへの感受性が有意に低下していた。以上の結果から、患者固有モデルは予後の予測にとどまらず、潜在的な薬剤標的の同定にも応用できる可能性を示した。 以上を踏まえ、当初の計画以上に進展していると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の研究と並行し本年度は、9月から3月までの半年間、University College Dublinに留学し、Boris Kholodenko教授の指導のもと、キナーゼ阻害剤によるアロステリック効果を定量的に数理モデルに取り込む手法を学んだ。本年度までに開発したフレームワークにより、スナップショットの遺伝子発現データから数理モデルを介して、薬剤標的の候補を予測できるようになった。今後の課題は、同定した標的タンパク質の活性を効果的に阻害する方法を探索することである。次年度は、さまざまな細胞のコンテクストにおいて、最適なキナーゼ阻害剤の組み合わせを予測しうる数理モデルの構築を目指す。
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Research Products
(4 results)