2020 Fiscal Year Annual Research Report
マルチオミクス解析による社会寄生アリのコロニー創設に関わる分子メカニズムの解明
Project/Area Number |
20J21677
|
Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
岩井 碩慶 慶應義塾大学, 政策・メディア研究科, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2020-04-24 – 2023-03-31
|
Keywords | 社会性昆虫 / 社会寄生 / 体表炭化水素 / トゲアリ |
Outline of Annual Research Achievements |
アリ類は高度な分業制と排他的な社会構造をもつ真社会性昆虫である.この社会機構によって,アリの巣内は彼らにとって安全な環境が構築されている.そのためか,アリ類の中には他アリ種を利用することで生活を行う種も存在しており,これらは社会寄生種と総称されている.申請者は,一時的社会寄生種トゲアリを通して,アリ類における社会寄生の進化背景の解明を目指しており,2020年度はトゲアリの新女王が行う体表炭化水素(アリ類の巣仲間識別に関与する情報化学物質)の偽装機構の解明や宿主アリ種の女王殺害に必要となる条件の探索,そしてトゲアリの新規宿主となるアリ種の記録を行なった.体表炭化水素の偽装機構については,トゲアリの新女王は宿主アリ種から体表炭化水素を直接奪取することで自身の体表成分を宿主様に偽装することが解明された.これまで推測に留まっていたアリ類の社会寄生種における体表炭化水素の偽装機構の解明に,本研究は大きく貢献したと考える.さらにこのトゲアリの新女王による宿主女王の認識・殺害には,宿主女王の生理状態が関与している可能性を,行動試験を行うことで提唱した.現在,化学生態学のアプローチから宿主女王への殺害行動の誘導に必要な条件の探索を計画しており,今回の行動試験によって得られた知見は本研究の足掛かりになるだろう.また,ヤマアリ亜科の一種であるムネアカオオアリの働きアリがトゲアリの女王,働きアリ,そして幼虫と混棲しているコロニーを野外で初めて発見し,本種がトゲアリの宿主であることを明確化した.本発見は研究論文として査読付国際学術誌に投稿され,現在は査読中である.
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
一般的なアリ類の新女王は独力で産卵を行うのに対し,トゲアリの新女王は他種アリの巣に侵入してからしか産卵を始めない.そのため,この一時的に宿主を必要とする機構にこそ,社会寄生の本質的な意義が内包されていると考えられる.そこで,本種が採用している宿主依存型の産卵戦略に関わる分子メカニズムを明らかに出来れば,社会寄生戦略の本質的な意義や獲得傾向の解明に繋がると考えられる.本研究では,トゲアリの産卵効率の測定実験と異なる寄生条件間でのマルチオミクス解析を行い,社会寄生という戦略の必要性やその進化的な獲得背景の理解を目指す.2020年度はまず初めに,実験室環境下におけるトゲアリ新女王による宿主コロニーへの寄生実験を実施した.行動試験と飼育実験の結果,トゲアリの新女王による宿主女王の認識・殺害には,宿主女王が所属するコロニーの規模や,宿主女王自体の生理状態が関与している可能性が見出された.今回実施した一連の試験によって得られた知見は,トゲアリの宿主に依存した産卵戦略解明に向けた足掛かりになると考える. また,2020年度はトゲアリの新女王が社会寄生の初期段階で行う宿主の体表炭化水素(アリ類の巣仲間識別に関与する情報化学物質)の偽装機構の探索や,ヤマアリ亜科の一種であるムネアカオオアリがトゲアリの宿主である可能性の検証を行なった.これらの研究により,トゲアリの新女王は宿主アリ種から体表炭化水素を直接奪取することで化学偽装を行うことを明らかにし,またムネアカオオアリはトゲアリの宿主であることを示す明確な証拠を得ることに成功した.
|
Strategy for Future Research Activity |
実験室環境下におけるトゲアリの新女王による宿主コロニーへの寄生実験については,現在,宿主女王が保有する情報化学物質の特定・合成に取り組んでおり,今後は推定された物質を用いたバイオアッセイや飼育実験をトゲアリの新女王を対象に実施する予定である.そして上述した一連の試験によって,トゲアリの新女王が行う宿主女王の殺害に関与する物質が特定でき次第,本物質を利用した宿主女王の殺害実験プロトコルの確立を目指す. トゲアリの新女王が行う体表炭化水素の偽装機構解明に向けた研究では,体表炭化水素の合成関連遺伝子を対象としたin situ ハイブリダイゼーションと,偽装前後における上記遺伝子のタンパク質レベルでの発現量解析を実施・計画しており,これらの結果がまとまり次第,2021年度中に査読付き国際学術誌への投稿を予定している. トゲアリの新規宿主アリ種の発見については,既に査読付き国際学術誌に投稿しており,現在査読プロセス中である.
|