2022 Fiscal Year Research-status Report
人新世の空間哲学:リズム・気配・人間ならざるものとの共存の空間をめぐって
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20K00006
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
篠原 雅武 京都大学, 総合生存学館, 特定准教授 (10636335)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 人新世 / 人間の条件 / 翻訳 / 場所 / 惑星的なもの |
Outline of Annual Research Achievements |
まずは英語論文の執筆を行い、英語の査読付きジャーナル(International Journal of Body, Nature, and Culture) に投稿し、受理された。つづけて、近代の条件として「人間世界の自然世界の分離」に関する命題が実際は成立困難になっていることについて英語で論文を書きCulturalProductiveへの投稿のため執筆を継続した。また、ティモシー・モートンの著作『ヒューマン・カインド』の翻訳を岩波書店から出版した。人新世をめぐる世界のアカデミアでの議論の状況の調査のため、2022年5月にベルリンで行われた人新世をめぐるフォーラムに出席し、複数の研究者との意見交換を行なった。そこで知り合った詩人・研究者のAnn Cottenと、「エコロジカルな思想、翻訳」といったことをめぐる共同プロジェクトを開始した。また、人新世における人間存在の条件をめぐる実践的問題を探るため、川内倫子とのやりとりを継続している。写真と哲学の関係に関する考察をやりとりのなかで深め、批評文や解題というかたちで、複数の媒体で発表した。 以上の成果は、第一に、人新世の問題を人間生活の条件の不安定性として捉え、そこで可能な新しい人間の条件を、「場所」「曖昧さ」「惑星的なものの広がり」といった哲学的な概念の考察を通じて描き出そうとしたものである。第二に、詩人や写真家、アーティストとの関わりの中で人間の存在条件をめぐる哲学的思考を試み、アートの可能性を踏まえた哲学的な言語形式の実験を試みただけでなく、それを実際に詩人やアーティストにヒントを与えうるものとして文章化することができていることを確認できた。第三に、論文および解題を英語で発表することを試みた。世界の思想圏の内部に接続し、自分の思考がどれほどまでに的確なものとして、意味あるものとして流通可能かを検証するものであった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、人新世に関する人文科学とアートをめぐるヨーロッパでの状況のリサーチを行いつつ、国外の研究者とのやりとり、さらには写真家・アーティストとのやりとりを通じて、人新世における「人間の存在条件」についての考察を進めることができた。具体的には、ドイツのHKW(世界文化の家)で行われた人新世についてのフォーラムや、同じくドイツのカッセルで行われた国際的な美術展であるドクメンタに行き、現地で学者やアーティストとと交流する中で、人新世をめぐる知の銅時代的な展開やその難しさを知ることができた。その過程で、自分なりの思考を発展させることができた。すなわち、場、惑星的なもの、場所といった概念を基軸に置き、そこで形成され、維持されていく人間の存在様式のなかで人間が生きているというおおよその見取り図が定まってきた。また、自分が身を置く地勢的条件(非西洋としての東アジア)に思考が規定されていることへの自覚と、そこからの世界的思想状況への貢献の可能性について、「翻訳論」の観点から考えることができたが、そこから「translation studies」と人新世の哲学の交錯可能性にまで視野を広げることができた。さらに、川内倫子の写真集「M/E」の解説文を書くなど、人文系のアカデミアの領域内に限定されない成果発表を試みた。東京藝術大学で行われたアート展「新しいエコロジーとアート」との関連で行った作家とのやりとりや批評文の作成を通じ、アーティストが探求している、抽象的な思考に先立つところでの世界に関するイメージを自分なりにシェアすることができた。これにより、哲学的な思考をさらに明確にすることができた。今年度は、いくつかの論文作成を進めたが、この成果を、令和5年度において、数本の論文としてまとめ、英語圏のジャーナルに投稿する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
人新世における人間の条件を哲学的に考え、言語化し、論文・著作にしていくというのが本研究の趣旨だが、この3年を経て、それに関して、場、惑星的なもの、場所といった概念を基軸としつつ、そこで形成され、維持されていく人間の存在様式のなかで生きているものとして人間を考えるという見取り図が定まってきた。今年度は、この見取り図に従って論文を書いていくが、それだけでなく、英語の著作として刊行することを視野に入れて研究を行う。現時点では、先行者としてのチャクラバルティの議論を参照しつつ、そこで十分展開されていない点(惑星の概念、人為的制作物と惑星的なものの差異、場所をめぐる考察など)が何かを明確にし、自分なりの考察を展開する。また、母国語でない言語である英語で書くということは、自分の思考を自分で翻訳するということである。人新世という、全人類的な状況を考え、のみならず思考をシェアするには、母国語で思考し、文書を書くだけでは不十分で、グローバルな言語としての英語、さらには別の言語であるドイツ語や韓国語の話者との接点で考えざるを得ないということだが、これは最近形成されつつある学術領域である「translation studies」の問題なので、そこにも視野を広げていく。実際、令和5年度は、6月下旬から7月初旬に韓国のKAISTで行われる国際学会The Seventh Biennial Conference of East Asian Environmental History (EAEH 2023)で報告を行い、そこで人新世の人文科学の第一人者であるJulia Adeney Thomas氏と議論し意見交換を行う予定で、それ以外にも、ウィーン在住の詩人・研究者であるAnn Cotten氏と議論し意見交換をする予定である。
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Causes of Carryover |
令和2年度から3年度にかけて、新型コロナウイルスパンデミックで海外渡航ができず、そこで使うことのできなかった研究費を二年間繰り越したため。
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