2020 Fiscal Year Research-status Report
Philosophical Study on the Semantics of Pictorial Representation
Project/Area Number |
20K00026
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Research Institution | Yamagata University |
Principal Investigator |
清塚 邦彦 山形大学, 人文社会科学部, 教授 (40292396)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 描写 / 画像 / 表象 / 哲学 / 分析美学 / 絵 |
Outline of Annual Research Achievements |
美術史家・芸術理論家のE・H・ゴンブリッチは、視覚イメージを論じた論文の冒頭で、「現代は視覚の時代だ」と述べ、各種の画像が大量かつ安価に流通する点に現代の文化環境の重要な特色を求めている。こうした時代認識は広く共有されてきたが、そこで問題とされている画像(picture)とはいかなる存在なのかについて、哲学的な基礎理論のレベルにまで掘り下げた研究は決して多くはない。本研究では、それを具体化するための枠組みとして、英語圏の分析美学における先行研究(それらは「画像表象」あるいは「描写」の理論として括られる)に注目しつつ、画像とは何かに関する理論的見通しの明確化を図る。 描写に関する素朴な理解を支配して来たのは類似性の概念である。絵とは何ものかの似姿を提示する物体のことであり、類似の度合が高ければ高いほど、その絵は良い絵だというふうに。とはいえ、こうした素朴な理解は、分析美学の伝統の中ではむしろ批判の的となることが多かった。その際に準拠されてきたのは、次のような論点である。 第一は、絵が何かの描写であるという事態の本性を理解するためには、その絵のもとに当の「何か」の姿を見るという知覚経験の本性を明らかにする必要がある、という論点。第二は、ゴンブリッチが力説して大きな余波を呼んだ論点であり、絵のもとに様々な事物の姿を見るという経験には、そこに不在のものを見る一種の幻影の経験が織り込まれているという論点。第三に、絵が何かの描写であるという事態は、個別の画像の問題にとどまらず、それを含む記号体系の理解と連動しており、社会的な慣習に支えられている、という論点。 こうした一連の論点は対立的に捉えられがちだが、本研究ではむしろ、宥和主義的な見地を堅持したいであり、それらを、似姿を作り出すとはどういうことかという問いに対する多様な観点からの貢献として肯定的に受け止め、全体状況の総括を目指す。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
R2年度の研究においては、描写の理論の火付け役であると同時に、しばしば幻影説と呼ばれる立場の提唱者として知られるゴンブリッチに注目し、その基本論点についての分析、検討を行った。 ゴンブリッチの議論が描写の問題をめぐるその後の分析哲学者たちの研究にとって欠かせないきっかけを与えた点は広く認められているが、当人の論点がどれだけの妥当性を持つか、否、そもそもどのような理論的内容を持っているかという点は、従来、必ずしも踏み込んだ検討が行われてこなかった。むしろ、ゴンブリッチについては、その印象的な二三の論点が簡単に取り上げられ、退けられるというだけの扱いに終始してきた。 よく言われるところでは、ゴンブリッチは、絵画を見る経験を、平面上の筆致や絵の具の布置を見る経験と、描写内容に当たる多様な事物の姿を見る経験とが、ちょうど反転図形を見る場合のように反転するような経験として説明しているのだとされる。そうした解説にはまた、そうした反転が明らかに事実に反するとの批判が添えられている。しかし、こうした解説と批判は誤解に基づく。R2年度末に発表した論文「ゴンブリッチの画像表象論」では、こうした誤解と関連した不当な批判を退けるとともに、ゴンブリッチのより積極的な論旨について、主著『芸術と幻影』に即して解説を行った。それは単なる回顧ではなく、同時に、ゴンブリッチ以後、現在に至る分析美学の中で提出されてきた一連の関連論点がすでにゴンブリッチに萌芽していることの確認でもある。 なお、R2年度には、関連業績として、フィクション概念に関する事典項目の執筆、ならびに、グライスの意味の理論に関する研究書の書評執筆を行った。
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Strategy for Future Research Activity |
R3年度の主たる検討課題は、ウォルハイム以後、多くの論者が画像表象を解くカギと考えてきた《中に見ることseeing in》概念の明確化であり、また、それと関連して、近年における類似説の復権に関する検討である。 ウォルハイムの画像論は、画像表象の基盤を絵を見る知覚経験に求めた上で、その経験の特質を独特な二面性(つまり、平面を見る経験であると同時に、多様な具象的事物を見る経験でもあること)に求めるものとして要約される。こうした見地は、先立つ二つの有力学説への批判に動機づけられている。一つは先述のゴンブリッチの幻影説である。通説では、ゴンブリッチは絵画経験を、平面を見る経験と事物を見る経験の交代現象として捉えるが、対するウォルハイムによれば、その二つの経験がある独特な仕方で同時的に融合しているのが絵画経験に他ならない。もう一つの批判対象は類似説である。類似説では、絵が何かを描写しているという事態が、絵とその何かとの間に類似関係が成立することとして説明される。しかしウォルハイムによれば、こうした見方は「絵」という概念の重要な二義性を見落としている。例えば人の「絵」ということで平らな表面上の筆致や絵の具の配置を意味するならば、それは人とはあまり似ていない。絵と実物の類似が語られる時に考えられているのはむしろ、私たちがその平らな表面としての絵を見る時に、そのもとに見出す事物の像としての絵である。しかし、この意味での絵との類似性は、平面が一定の事物の姿を呈していることを前提している。つまり描写は類似に先立つ。 こうしたウォルハイムの批判的議論には一定の説得力があるが、それと対置されるウォルハイムの積極的な論点をどう見極めるかについては、なお多くの曖昧な部分が残されている。それらについて、近年における描写理論の検討状況(とりわけ各種の類似説)を踏まえ理解を深めることがR3年度の目標となる。
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Causes of Carryover |
コロナウィルス感染症の蔓延により予定されていた出張及び研究会の実施が見送りとなったため、その分の予定経費を次年度に繰り延べた。次年度以後も同様の事態が続く場合には別の形での研究成果発表(著書出版等)のために助成金を活用する予定である。
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