2020 Fiscal Year Research-status Report
インド伝来諸学説の批判的体系化によるチベット仏教教学の形成
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20K00048
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Research Institution | University of Tsukuba |
Principal Investigator |
吉水 千鶴子 筑波大学, 人文社会系, 教授 (10361297)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 学説綱要書 / 中観思想 / 帰謬派 / 自立論証派 / シャーンタラクシタ / カマラシーラ / パツァプニマタク / チベット仏教 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題初年度において、チベット学説綱要書の先駆である翻訳者イェシェデ(8世紀後半~9世紀前半)の『見解の差別』、ニンマ派ロンソムパ(11世紀)の『見解の備忘録』を中心に、学説の分類と優劣のつけ方を調べた。これらの文献には、インド由来の非仏教の学説、声聞乗の学説、大乗の学説という基本的枠組みを保持し、大乗について瑜伽行派と中観派の学説を区分しながらも、中観派の分類については多様性が見られる。イェシェデなどの綱要書では「経量中観」「瑜伽行中観」という区分が用いられ、ロンソムパもそれを世俗のあり方の解釈の違いによるものとして容認するが、一方で真実の理解の仕方の違いによって「幻喩派」「無住派」という区分も用いる。ただ、後者の区分は11世紀から15世紀に至るまでのチベット人学者によって批判され、中観派の思想について真実の理解の仕方に複数の一致しないものを認めないという後代の方向性が読み取れた。 一方、中観派の分類として最もよく知られた「帰謬派」「自立論証派」という区別は12世紀にカシミールで学んだチベット人翻訳者パツァプニマタクによってもたらされたことが彼の著作『根本中論般若釈』に確認されたが、彼の弟子や同時代人が必ずしもこれを用いていないことから、チベットに浸透するのはしばらく後の時代であったことが明らかとなった。 非仏教徒の学説を含めた学説綱要書や学説の教相判釈が行われるようになった背景には、チベットに仏教をもたらしたインド人学者シャーンタラクシタとカマラシーラ師弟(8世紀)の著作の影響が大きいと考えられる。彼らは中観学説の優位を確定するために、他の学説を論理学を駆使して段階的に否定するという方法を採用した。その方法をカマラシーラの『中観光明論』を用いて検討し、研究論文にまとめた。この中観思想の否定の方法と学説綱要の論理構造の相関関係を解明することが今後の課題である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
チベット仏教初期の学説綱要書の内容を確認し、後代への発展の仕方を捉えることができた。またシャーンタラクシタ、カマラシーラをはじめとするインド仏教の論師の影響を解明することが本研究の課題でもあるが、その着眼点として、他学説を否定する論理がチベットの学説綱要書でどのように受容され応用されているかを見ていく必要性を確認することができた。 コロナウィルスの感染拡大により、国際学会がほとんど中止となり、国外での研究発表ができない状況であったが、文献調査を進めることはできた。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度には、パツァプの『根本中論般若釈』における段階的な学説の否定とチャパチューキセンゲの『仏教内外の学説の批判』の方法を比較検討する。前者は中観帰謬派、後者は中観自立論証派を代表する思想家であるので、両方の立場の相違が明確になることが期待される。 コロナ感染拡大の影響が続くことが予想されるため、研究発表は国内のオンライン会議で行い、研究成果を論文にまとめて学術誌に投稿する。
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Causes of Carryover |
コロナウィルス感染拡大により、国際仏教学会が延期、オーストリア科学アカデミー出張が延期され、国内学会は全てオンライン会議となった。こうした状況で旅費を使用することがまったくなかったためである。この分は学会が開催されるか、または出張が可能になった時点で使用する計画であるが、1年以内にそのようになる可能性は低いと予想されるため、引き続き旅費が不要となった場合はテキスト入力、英文校閲などの謝金に使用する。
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