2020 Fiscal Year Research-status Report
梵文『法華経』形成史および伝承史解明のための文法学的検討
Project/Area Number |
20K00067
|
Research Institution | Sendai National College of Technology |
Principal Investigator |
笠松 直 仙台高等専門学校, 総合工学科, 准教授 (40510558)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
Keywords | 梵文『法華経』成立史研究 / 仏教混交梵語 / サンスクリット文法研究 / 古インド語動詞研究 / 動詞ramの現在語幹の活用 / 法華経カシュガル写本 / 法華経ギルギット写本 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の実績は学会発表1回(日本歴史言語学会)・学会誌論文1報(インド学宗教学会)である。テーマとしては、梵文『法華経』諸写本間における動詞ramの現在語幹の活用形の「揺れ」の問題を扱った。 現行の校訂本には、能動相(ramati)と中動相(ramate)とが混在する。しかしこの動詞は古来、基本的に中動相の活用を採る。もっともパーリ語をはじめとする中期インド語文献では、一般的傾向に従い能動相を採る。恐らく原『法華経』でも能動相の形を採っていたであろう。現行の校訂本で能動相・中動相が混在するのは、後代の写本がより「正しい」テキストを求めて「正しいサンスクリット」語形に、しかし非組織的に・写字生が気づき得た限りで部分的に校訂してしまった結果であろう。また、韻文部分に本来的とも思える中動相語形が散見されるのは、韻律上の必要によって長短の音節を按配する、詩人の工夫によるものであろう。以上述べた言語史的な事情を、ヴェーダ文献最古の『リグ・ヴェーダ』に遡り、パーリ文献やマハーヴァストゥに徴し、また『法華経』諸写本の示す読みを整理して推定した。 また2人称複数命令法の語形について、カシュガル写本86a3 abhiramathaに対するギルギット写本A 32,32 ramataは興味深い。前者は仏教混交梵語形として正統的だが、後者はその誤ったサンスクリット化と判定される。ramは中動相活用の動詞であるため、正しくは大英図書館蔵本34b6や東大蔵本22b2に見られるようなramadhvamとあるべきである。ここにはギルギット写本の写字生のサンスクリット文法の知識の限界が垣間見られる。この資料的限界は、今後ギルギット写本の読みを参照するに際し、注意すべき観点である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ禍のなか、対応する本務校の学務増大で研究時間が圧迫され、さらには学術大会開催中止・県外出張の停止が重なり、発表場所に恵まれず、交流も抑制された一年であった。 とはいえ文献研究者としては、締め切りの数が減った分、おちついて資料収集・検討に時間を使い、自律的に研究テーマを案出する機会に恵まれたといえる。2020年度の発表テーマは、申請書類に例示したテーマからは逸脱しているが、これは上述の事情による。申請書類を提出した後に気付いた、生産性の高いと見込まれたテーマを追求した結果である。これについては2021年度早々に一報、報告を公表できる見込みであるほか、学会発表も予定している。その上でなおテーマが山積しており、これらは次年度以降の成果として発表の場を探したい。無論、申請書に記載したテーマについても2021年度早々に発表、年度末まで論文報告に繋げたい。 英文報で更に広くアピールをとの課題は、やはり2021年度の課題として、用意したテーマの中からいくつかを選定して公表することとする。 以上の状況を総合するに、2020年度分の成果については2件と少なめであるものの、順調に進展していると自負するところである。
|
Strategy for Future Research Activity |
優先して推進すべき研究課題を選定する基準の吟味を要する。 研究手法自体は、既にいわゆる「銅鉄論文」を書けるほどに確立したと信じる。しかし手当たり次第に論文を書いていくだけでなく、申請書にも書き入れたように、10~20程度の指標を得たところで、それらの指標を通じて『法華経』全体を俯瞰することで得られる成立史的・伝承史的知見を論じる単行本出版を目指すべきであろう。指標の採取自体は順調に進んでいるので、前倒しで理論的考察を進めてゆくのもよいかと思われる。それによって論点の取捨選択もできる。 国外へのアピールも可及的速やかに実施していくこととしたい。
|
Causes of Carryover |
本年度の支出項目は1) 資料収集および収集した資料の整理、2) 人件費のみである。物品費として、主に書籍収拾に努めたが、800千円の予定に対して245円が余る結果となった。この額で新たに購入すべきものを考えるのは困難であり、むしろ次年度購入物品の消費税分としたほうが合理的と判断した。
|
Research Products
(2 results)