2020 Fiscal Year Research-status Report
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20K00098
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
早瀬 篤 京都大学, 文学研究科, 准教授 (70826768)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | プラトン / 真実在説 / イデア論 / 国家 / 三本の指 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の主要な研究成果はプラトン『国家』522e5-524d5における「三本の指の例」の議論に関して論文を執筆し、従来の解釈の問題点を明らかにするとともに、新しい解釈を提示したことである。この箇所はプラトンの形而上学説の基本構造を理解するために重要であるが、これまで誰も丁寧に分析してこなかった。とりわけ問題となるのは、多くの学者はこの議論を定義探究型対話篇における定義の手続きと重ね合わせて理解してきたが、そのような理解は明らかにテクストの記述と不整合なことである。そこで私は、この議論のポイントが、①形容詞で表現される「大きい」「小さい」などの事物の性状と②抽象名詞で指示される「大きさ」「小ささ」とを区別することにあると論証した。②はプラトンの表現を使うならば「指と結合する大きさと小ささの可知的形相」と言い換えられる。そしてこのように理解するならば、前後の文脈も適切に理解できる。なぜならこの議論は、生成から実在へと魂を向け換える教育に数学的諸科目がふさわしいことを明らかにするために提示されたものだが、数学的諸科目もまた「相互に結合する数や形などの可知的形相」を対象にするからだ。 この研究成果は、真実在説にもとづくプラトン哲学の再構築と題した本研究にとって次のような意味をもつ。つまり、「超越的イデア論」というものをプラトンの著作に読み込む学者たちは、中期著作においてプラトンが(例えば)大きさの「形相」(eidos, idea)を超越的なものに変化させたと考える一方、それと区別される「大きいもの」も「事物における大きさ」もどちらも感覚されるものに分類する。しかし私は「超越的な大きさ」も「事物における大きさ」も可知的形相だと考える。本研究は、プラトンにとって「大きいもの」と「事物における大きさ」との区別が重要であることを示すことで、私の立場を支持する重要な議論になっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度の研究状況が予想よりも遅れているのは、新型コロナウィルス禍において感染防止に努めるために行われたさまざまな施策に時間と注意を取られたからである。このことは明らかで、とくに授業期間内で緊急事態宣言がでているときには、あまり研究を進めることができず、国内の感染状況がある程度落ち着いたときに集中して研究を進めることになった。現時点で振り返ると、2021年度前半は過剰に反応しすぎたように思われるが、これは不確定要素が多かったために起こったことであり、やむをえないと思われる。このことに付随して、国内で他の研究者と意見交換する機会が激減して、孤立した研究環境になってしまったことも、研究の進捗状況が遅れる原因となったと思われる。 当初の予定では、本年度はプラトンの定義探究型対話篇において目標とされる定義の獲得が、プラトンの知の探究にとってどのような意味をもつのかを考察することに充てる予定だった。しかしこの準備を進めていくなかで、『国家』522e5-524d5における「三本の指の例」の議論について先に論文を執筆することが必要であることに気づいたため、この論文執筆作業を優先的に進めた。通常の状況であれば、もともとの考察課題についてもある程度研究を進められたはずだと思うのだが、上に書いたような理由で、もともとの考察課題については思うように研究が進展しなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度は、本研究プログラムの当初の予定に従って研究を行い、プラトンの後期著作における「総合と分割の手続き」に関する詳細な研究を行おうと考えている。ただし、今年度の研究を行うなかで、私が提案する「真実在説」をさらに強固なものとするためには、『パイドン』におけるソクラテスの哲学的自伝および魂の不死論証の箇所(95a4-107b10)について真実在説の立場からの解釈を提示しなければならないと痛感したために、この研究を合わせて行うことにしたい。先に『パイドン』に関する研究を行い、その成果を11月の京都哲學会で発表する予定である。それに続いて夏季以降に『ソピステス』と『ポリティコス』の研究に移行しようと考えている。 ただし新型コロナウィルス禍のために、この他にももともとの予定から変更せざるをえない点がある。まず、夏季休暇中に英国で在外研究を行う予定だったが、それを取りやめにすることにした。また国内の学会はオンライン開催になる公算が高く、予定していた情報交換などは行えないと予想している。
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Research Products
(1 results)