2021 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
20K00098
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
早瀬 篤 京都大学, 文学研究科, 准教授 (70826768)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | プラトン / 真実在説 / イデア論 / パイドン / 形相原因説 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の主要な研究成果は、プラトンが対話篇『パイドン』で提示する「形相原因説」(と私が呼ぶもの)の意味と役割とを、従来のイデア論解釈ではなく、本研究が依拠する真実在説解釈にもとづいて究明することで、これまで提示されてきた深刻な諸問題を解決し、整合的な解釈を与えられると明らかにしたことである。 「形相原因説」は『パイドン』95a4-107b10において、登場人物のソクラテスが対話相手のケベスの反論に応答するなかで提示される。この箇所はプラトンの形而上学説を理解するための最重要箇所のひとつである。これまで学者たちは、アリストテレスの報告にもとづいて、ソクラテスはこの箇所で超越的イデアを原因として提示していると見做してきた。そしてこの説は「イデア原因論」と呼ばれてきたのである。しかし超越的イデアを原因と見做す解釈は、肝心のプラトンのテクストと整合的でないことが指摘されている。学者たちは離在解釈と内在解釈という二つの異なる立場に分かれるが、どちらの解釈にも深刻な諸問題が指摘されており、実質的に行き詰まりの状態にある。このような研究状況を背景として、私はイデア解釈の諸前提を廃棄して、真実在説解釈の立場(プラトン自身のテクストに立ち返り、①形相はそれ自体で存在するだけでなく、諸事物のうちにも存在するのであり、また②それ自体で存在する形相が「真実在」と呼ばれると見做す立場)からこの説を解釈することで、この説の意味と役割とを整合的に理解できることを論証した。イデア解釈では整合的に説明できないので、この説は「イデア原因論」ではなく、「形相原因説」と呼ばれるのが相応しいと考える。 私はこの研究をまず2021年11月に開催された京都哲學会講演会で発表したが、その後も国内のプラトン学者からのコメントを参考にしつつさらに研究を進めた。論文は「哲学研究」608号に掲載される予定である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
今年度の研究の進捗状況はおおよそ予定通りに進んだと思われるが、昨年度前半に新型コロナウィルス禍の影響で研究の進捗が遅れてしまい、それを取り戻すにはいたっていない。したがって、全体の研究計画はやや遅れている。 これまで本研究では、1年目の『国家』における3本の指の例の研究と2年目の『パイドン』の形相原因説の研究によって、私が提案するプラトンの真実在説解釈を、徹底的に検討し、この解釈の妥当性や有効性を改めて裏付けることに成功したと言えるであろう。その意味では、これまでの研究で重要な進展があったと考えられる。これまで学者たちはイデア論解釈に深刻な問題があると認識してはいるものの、イデア論解釈はいまだ学界のコンセンサスの地位を享受している。このような状況において、真実在説解釈という新しい解釈を他の研究者に受け入れてもらうためには地道な努力が必要である。過去に積み上げられた膨大な研究において、イデア論解釈のどこに問題があると指摘されたのかを正確に示し、真実在説解釈を採用することでその問題が解消されることをひとつひとつ明らかにしていくという手続きが必要になる。本研究のこれまでの成果は、この課題を慎重かつ確実にこなしていったという意味で、十分な進展があったと言えるであろう。 今年度は、夏季休暇中に海外の大学に滞在し、そこで研究者と交流したり、研究発表を行ったりする予定だったが、新型コロナウィルス禍の影響が続くために、有益な在外研究ができないと判断して中止した。国内の他の研究者たちとも意見交換を行う機会が激減しており、孤立した研究環境である状況があまり改善されていない。このことは研究の進捗にとって足かせになっている。
|
Strategy for Future Research Activity |
今年度は、昨年度から少しずつ準備しているプラトンの総合と分割の方法の研究を進める予定である。この方法は、プラトンの初期著作の『クラテュロス』、中期著作の『パイドロス』、後期著作の『ソピステス』と『ポリティコス』と『ピレボス』という5つの対話篇において説明されたり、実際に利用されたりしている。このうち『パイドロス』と『ピレボス』に関しては、本研究の準備段階で十分な検討が行われているので、残りの『クラテュロス』と『ソピステス』と『ポリティコス』の研究を行う予定である。そこでまず今年度の前半で『クラテュロス』を研究して論文にまとめ、後半では『ソピステス』と『ポリティコス』の研究を準備する予定である。 私が2016年に学術雑誌Phronesisに発表した論文で明らかにしたように、総合と分割の方法は①定義の手続きと②科学的分析という二つの目的のために適用される。これまで総合と分割の方法を研究する学者たちはあまり注意を払ってこなかったが、この方法が最初に明確に適用されるのは初期の『クラテュロス』(421c-427d)であり、そこでは②科学的分析が問題となる。プラトンはそこで、原初的な名前を制定した人たちは、名前の元素に関して、科学的分析を行うことができたということを議論している。従来、多くの学者たちは総合と分割の方法はプラトンが『パイドロス』ではじめて考案し、後期著作で集中的に取りあげると考えてきたのであり、『クラテュロス』ですでにこの方法が適用されていると注意するのはごく少数の学者に限られる。したがって『クラテュロス』でどのようにこの方法が適用されているのかはこれまでほとんど研究されていなかった。私は該当箇所を丁寧に分析することで、総合と分割の方法の研究に新しい視点をもたらすことを目指したい。この研究を9月末までに英語論文としてまとめあげて、学術雑誌JASCAに投稿する予定である。
|
Research Products
(3 results)