2022 Fiscal Year Research-status Report
Studies on Metaphysical Foundations Possessed by Naturalistic Worldviews
Project/Area Number |
20K00110
|
Research Institution | Teikyo University |
Principal Investigator |
冲永 荘八 帝京大学, 文学部, 教授 (80269422)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | シミュレーション仮説 / 創発 / 主体 / 進化 / 汎心論 / 秩序化 / 形成作用 / 自己複製 |
Outline of Annual Research Achievements |
宇宙を生命と見なす思想のひとつとして、近年論じられることの多い宇宙シミュレーション仮説を検討した。シミュレートされた宇宙は機械的かもしれないが、そのシミュレーションの行使は高度な知的生命によるものである上、そこでは客観的な物質と思われているものが生命体によって創作された表象だからである。そこでは客観的な物質や道具であったものが、それらを行使する主体とひとつになっており、宇宙の現れはその主体によって創作された表象にほかならない。 この仮説のもうひとつの特徴は、現代汎心論との類似性である。演算の集積から意識や超意識が生じるという創発論や、実在の基本単位に原意識的な「選択」を見出す汎心論的傾向がヴィンジとそれ以後のシンギュラリティ論者の根底に見出される。これは実在の基本を情報し、それを原意識と見なすチャルマーズなどの現代汎心論の立場とも共通する。そしてシミュレーション仮説における「情報的単位=原心」説は、現代汎心論が「物理的単位=情報的単位=原心」と見なす仕組みにも類似している。これは機械を生命化して行く方向であるが、反対に物質の根本に生命の性質を見出す立場についても検討した。 それが、進化とはもっぱら突然変異の偶然性に立脚するのか、それともその偶然だけではない秩序化の傾向があるのか、という問いだった。極めて巨大な高分子である遺伝子は偶然では天文学的に低確率でしか生成し得ず、さらにそれが自ら複製する複雑なシステムは、その低確率をさらに累乗させた出来事でしかない。そこで本年は形成作用は実在か、という観点から生命を論じた。形成作用は機械的な物質の属性ではなく、純粋に自発的な主体でもない。機械論的世界を前提にすると自発性はあり得ないが、形成作用を前提にすれば機械論的世界の方が抽象になり、秩序化が遍在し得る。そこで生命を捉える上でこの秩序化遍在の思想の妥当性について吟味した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
シミュレーション仮説についてはそれが古代から見られる伝統的な世界観であること、またその論駁不能な性質がこの思想を存続させる要因になり得たこと、また私たちの文明が宇宙で最初である可能性の低さ、人間原理問題の解決など観点から新たに議論され直してきていることを確認した。そして文明が物質世界をシミュレーション世界に作り替えるのは欲求充足に際しての経済性が理由であり、この欲求の質は変わり得るのかが問題となった。シミュレーション宇宙はある意味、欲求の質が変化しないことを前提としているので、もし欲求の性質自体の転換があり得るのなら、欲求充足の価値軸が変化するので、科学技術文明は違った姿になり得るからである。 シミュレーション仮説のもうひとつの特徴は、現代汎心論との類似性だった。演算の集積から意識や超意識が生じるという創発論や、実在の基本単位に原意識的な「選択」を見出す傾向がヴィンジとそれ以後のシンギュラリティ論者の根底に見出されるが、これは現代の汎心論における、実在の基本を情報と見なし、それを原意識と見なすチャルマーズ(David Chalmers 1966-)などの立場とも共通する。そこでシミュレーション仮説は「情報的単位=原心」説であるが、それは現代汎心論が「物理的単位=情報的単位=原心」と見なす仕組みに類似していた。 現代汎心論と生命の形成作用との共通性は、他の何かから導かれた働きではなくそれら自体が無前提の実在であることにある。それ以上遡れない状態は自ずからそうなったとしか言い得ず、知の体系の中にそうした状態は必ず含まれるからこ、その現象は「自然」であった。このように西田の「形成作用」や「自然」は、獲得形質の遺伝か適応主義かという問いを超え、実在は因果的か否か、運動の第一原因は何かといった形而上学的な問いを無効にする次元まで下り、そこから生命の問題を眺め返していることを確認した。
|
Strategy for Future Research Activity |
生命が物質とは異なった何かの傾向や志向を持つという考えに対するシミュレーション仮説の意義は、こうした傾向を認める従来の生命論でさえ特定の単純な志向に生命を還元してしまっていたことへのアンチテーゼにある。つまり技術の力と速度とを究極まで拡大させたらどうなるか、という反転した視点から技術を眺め返す宇宙シミュレーションの議論は、生命の傾向を単純な志向に還元せず、質的変化を本質とする創発的な働きとして再考する。それは拡大への欲求が内側から転換する可能性の検討であった。 シミュレーション仮説を現代汎心論のコンテクストに位置づけて考察することも今後の課題であるが、近年「心の哲学」で話題になっている意識のハードプロブレムの問いが消極的なのに対して、20世紀前半までの生命論の積極性をそこにどう接続するかが課題となる。チャルマーズなどを筆頭とする現代汎心論の立場は、心や「原心」の遍在を世界の根底に見る一方で、自由や自発性、生命の形成作用などの吟味には乏しく、意識は消極的で物理的閉塞の内にある。もっとも現代汎心論と生命の形成作用の議論とはそれぞれ異なる問題領域から提起されており、今のところ対話がない。しかし両者とも互いの思想によって補うべき領域を大いに含んでいる。この対話の検討は今後の重要な課題となろう。 このような展望から、20世紀前半までの汎心論的思想を、21世紀の「心の哲学」の議論に欠落した部分を補うものとして再解釈し、また前者についても素朴な観念論的思想がベースになっている部分については、「心の哲学」が拠り所とする物理主義的思想とどこまで折り合うのかを考察する必要がある。具体的にはウィリアム・ジェイムズの「心素材」、ベルクゾンの「記憶力」、ホワイトヘッドの「活動的実在」、西田の「形成作用」などを、チャルマーズの二側面的な一元論やガレン・ストローソンの物理主義的汎心論と対話、対決させる。
|
Causes of Carryover |
2020年度より2022年度まで、新型コロナ感染症の流行により、国際学会発表などの海外への渡航予定の多くが中止になったため、次年度蘇陽額が生じた。 延長した年度において、シミュレーション仮説と形成作用について当初計画よりも踏み込んだ考察を行う予定である。
|
Research Products
(4 results)