2020 Fiscal Year Research-status Report
ベトナム音楽「ボレロ」再興にみる言語的アイデンティティ
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20K00142
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Research Institution | Ritsumeikan Asia Pacific University |
Principal Investigator |
田原 洋樹 立命館アジア太平洋大学, アジア太平洋学部, 教授 (60331138)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ボレロ / 母語継承 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年1月以降の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、20年度に予定していた研究活動のほとんどが実施不可イとなった。ベトナム政府は徹底した封じ込め政策を展開し、感染拡大阻止の点で奏効している一方で、人的交流については、いわゆる技能研修生の日本入国を除いて、断絶してしまった。当初予定していたベトナム国内における調査研究活動はすべて中止となった。 また、2020年度の研究計画でメインにしていたベトナム人ボレロ歌手の来日招請をいったん断念した。さらに、アメリカに拠点を持って活動を続ける音楽家や、75年以前から歌唱を続けている歌手らへの聴き取りを中心にして、ベトナム本国および在外ベトナム人コミュニティにネットワークを持つことの強みを生かした研究も取りやめになってしまった。さらに、研究上に有益な助言を得ていた在米の音楽家や歌手、協力者が相次いで感染死を遂げて、21年度以降の研究計画についても見直しを余儀なくされてしまった。 他方で、オンラインシステムの急激な普及により、外国で開催される学会や研究会に参加することが容易になった。20年度には、南カリフォルニアでベトナム系子女に対する継承語教育に従事する言語教育関係者や移民第一世代および第二世代およそ700人が参加する学会が開催され、コロナ禍における母語継承や文化伝承について基調講演を行うことができた。また、これに関連して、オンラインでのベトナム語教育について研究ノートを公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究期間に先立ち20年2月にホーチミンシティに渡航し、歌手との意見交換や来日スケジュールを調整した。また、ホーチミン音楽院講師の声楽家、ベトナム南部でアレンジャーとして活躍している音楽家から「ボレロ」史について貴重な情報提供を受けた。音楽の検閲についても古い知人から内情を知ることができた。 この2月の滞在中に、ベトナム国内では新型コロナウイルス感染者が続出し、全国的な学校休校、ライブハウスなど娯楽施設が封鎖された。ベトナム政府は徹底した封じ込め政策を取っているため、20年度のベトナム訪問は不可能となり、ベトナム人の招聘も非常に困難である。 他方、アメリカにおける感染拡大は極めて深刻で、ボレロ音楽の生き字引であり、国内外を問わず「ベトナム音楽の父」のひとりと崇められていた音楽家のラム・フオン氏が12月に死去した。同氏は生前に200曲以上のボレロを作詞作曲していた。申請者は、同氏の自宅をたびたび訪問してインタビューしていた。また、自身の楽曲について「好きなだけ日本語に訳して紹介するように」と許可を得て、訳詞を付け始めていた。作業が終わった3曲は、コロナ禍以前の渡米時に同氏の面前で歌唱して「お墨付き」を得る関係にあった。同氏の死去はベトナム音楽愛好家には「巨星墜つ」のひとことであった。 その上に、ボレロの歌姫として名高いレ・トゥ女史も1月15日に新型コロナウイルス感染で78歳の生涯を閉じた。75年以前の音楽シーンはYoutube上に多数再現されていて、また近年でも精力的にステージ活動を行い、次世代の音楽家や歌手たちにボレロを受けついでいこうと活動していた女史の死去は、とりわけベトナム国内の音楽ファンたちにショックを与えた。 よって、述べるべき進捗はなく、むしろ研究環境は劣化してしまった。そして、本研究活動の緊急性は、大変に不幸で、しかも皮肉ではあるが、いっそう高まってしまった。
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Strategy for Future Research Activity |
在福岡ベトナム総領事館の担当者や、在留ベトナム人支援団体との意見交換を通じて、コロナ禍で一時帰国の手段を失ってしまったベトナム人や、仕事を失ったベトナム人の生活支援、犯罪行為からの保護など、喫緊課題が山積していることが明らかになっている。また、これを商機ととらえた在留ベトナム人による同胞向けの新たなビジネスも目立つようになった。 日本各地で様々な経済的な支援がスタートしている。しかし、愛郷精神の強いベトナム人たちはいままでになく望郷の思いを高めているのも事実である。本研究に関しては、ベトナム人宗教関係者には「音楽による精神の救済」も社会的な意義を持つだろうと指摘された。無論、国内外の感染状況を見極める必要はあるが、本年度実施予定だった『ボレロ歌手による歌唱と研究報告会』、わけても歌唱については、本課題申請当時よりも重要性を増してきていて、ベトナム人コミュニティからの期待も高まってきているという見方もできる。申請時にこだわった「歌唱の場の共有」を研究することについても、期せずしてオンライン空間という新たな歌唱の場という研究題材を得た。 したがって、感染拡大に歯止めがかからず自由な往来が不可能な現状が続いてしまう、最悪のシナリオを想定して、オンラインで何をどこまでできるのかを見極めて、新たな方向へと舵を切りなおしたい。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、外国出張が不可能となったために、旅費の執行が停滞している。なお、次年度についても国内外での調査研究活動の実施に目途が立たないが、世界情勢を見極めながら出張を計画するとともに、オンラインでのインタビュー、調査活動ができるように、必要な消耗品を適宜購入することとしたい。
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Research Products
(1 results)