2022 Fiscal Year Research-status Report
18世紀以降の英語圏文学等における「注意」「共感」と「言語運用能力」表象の研究
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20K00384
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
阿部 公彦 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (30242077)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 言語運用能力 / 英文学 / 日本文学 / 事務 / 共感 / 他者性 / 形式 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の中心となるのは、19世紀から20世紀へ、さらに21世紀へと時代が進むにつれて、言語をめぐる規範意識はどう変化したかということである。その要因は何だったのか、またメディア装置の発達とも何らかの関係があるのかといったことにも目を向ける。言語運用能力に焦点をしぼりつつ文学作品を検分することで、あらたな知見が得られるものと考えている。 令和4年度は前年行った事務文書の検討をさらにすすめ、英米文学および日本文学の作品中に、どのような形で事務的な言語運用能力と類するものが表現されているか調査をすすめた。対象として扱ったのはチャールズ・ディケンズの『荒涼館』、トマス・ハーディの『テス』、F・スコット・フィッツジェラルドの『偉大なるギャツビィ』など英文学の作品と、小川洋子、辻原登らの諸作品、またハラスメント関係の事務文書や判例などである。とくに注目したのは、言語運用能力をおける感情表現の問題だった。抒情詩などを通した感情表現とは異なる、事務的な文書特有の感情の現れ方にはまだ十分に解明されていない要素がある。 本年度の切り口としては、とくに言葉の「温度」と「断片性」に注目したが、これまでに引き続き「聞く」という要素も大きな意味を持つ。「盗み聞き」や「漏れ聞こえ」についての調査も継続的に行ったのはそのためである。視覚情報との結びつきなども考慮している。 成果物としては、「群像」に掲載した「事務に狂う人々」という連載が大きなものとしてはある。こちらは令和5年度中には書籍としてまとめられる予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記で述べたように、令和4年度に目標としたのは、引き続き文学作品の中でどのように言語運用能力が扱われてきたかを具体的に確認すること、そしてそれを踏まえてさらに「事務」という観点を導入することであった。言語運用能力と事務処理とを関連づけることで大きな成果をあげることができた。とりわけ権力と言語の関係、制度と人間の日常生活の関係などについてはさまざまな発見を行うことができた。 言語運用能力がどのように機能してきたかは、前年度につづき「kotoba」という雑誌で行っている「日本語<深読み>のススメ」という連載で公表している。前年度は新型コロナウィルスワクチン接種の注意書き、東京大学総長の告示、料理のレシピーなど、従来事務文書とされてきたものの文言と、太宰治、川端康成、谷崎潤一郎らの作家の文学テクストとの間に看取できる共通点から、言語運用能力全体について私たちがどのような規範に縛られているかを明らかにしたが、当該年度は小説の文体そのものを正面から論ずるために、たとえば夏目漱石の「坊っちゃん」や綿矢りさの「蹴りたい背中」などをとりあげ、「素性」という観点から文章の作られ方/読まれ方の分析を行った。「素性」という観点を立てることで、読者がどのように文章の情報を得ていくか、そのプロセスを明らかにすることができるとともに、表現する側からすると、そうした情報提供の操作によって読者との距離の調節をすることも可能になる、といった視点でも研究が進められる。この連載についても、おさらくは令和5年度、もしくは6年度に,書籍化ができると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
上記で述べたように令和5年度も令和2年度、令和3年度、令和4年度同様、「主人公のリテラシー」「人物たちが文学作品などに親しんでいるか」「言語運用能力と事務」といった点に注意を向ける。このことを通し、事務的文書と文学テクストとの間に興味深い共通性があることを確認しつつ、それをもとに私たちがどのような言語運用能力をどのように身につけているか、通常十分に意識されていない部分も含めて考察する予定である。またこれまでの研究でもキーワードとなった「共感」や「反発」「分析」といった要素にも十分な注意を払っていく必要はある。 現在大きな社会問題になっているのは、言葉の持つ攻撃性、加害性の問題であるが、こうした要素は単に語彙の問題として処理できるものではなく、つねに文脈がつきまとう。つまり単に「何を言ったか」だけでは処理できないということである。そうではなくて「いつ」「どのような流れの中で言ったか」が問題になる。言語の運用にあたってそうした要素が非常に重要であるということを確認することで、こうした研究が社会問題の解決にもつながるという可能性が見えてくる。 こうしたことも踏まえつつ、令和5年度はこれまで行ってきた連載を書籍としてまとめる作業が大きなものとなる予定である。「群像」での連載は事務一般と文学の関係をやや概観的にとらえ、「kotoba」での連載では日本語そのものの特性を明らかにする過程で、事務的なものを含めた諸ジャンルの用法がどのように腑分けされているかを確認する。
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Causes of Carryover |
研究はおおむね順調に推移してきたが、令和4年度中は依然として海外渡航はもちろん、国内出張も難しかった時期があり、残念ながら多くの調査や討議などをキャンセルしたり、オンラインで行ったりせざるをえなかった。令和5年度にはコロナ禍で中止になっていた対面の会議や学会のかなりの部分が通常の方式に戻るという見込みもあるため、無理をして令和4年度に予定を組まず、あらかじめ5年度に延期しておいたという経緯もある。
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Research Products
(5 results)