2021 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
20K00387
|
Research Institution | Aichi University of Education |
Principal Investigator |
尾崎 俊介 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (30242887)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
Keywords | エピクロス / マルクス・アウレリウス / 心霊現象研究協会 / エリザベス・キューブラー=ロス / レイモンド・ムーディ / ロバート・モンロー / イアン・スティーヴンソン / トランス・パーソナル心理学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は「『死をめぐる自己啓発本』出版史」と題し、人間の死という厳粛な主題を、自己啓発本がどのように扱ってきたかという問題に取り組んだ。 言うまでもなく「死」は人間にとって最大の恐怖であり、人間に言いようのない不安をもたらしてきた。しかも死は、当該の人間にとって財産や社会的地位の放棄を迫るものであり、蓄財や社会的地位の上昇を指南してきた通常の自己啓発本が扱えない種類の経験であると言える。だとすれば、この経験に対処するための「死をめぐる自己啓発本」とも呼ぶべきものがあってしかるべきではないか? このような観点からこの種の自己啓発本の起源を探っていくと、古代ギリシャの哲学者エピクロスの「メノイケウス宛の手紙」や、第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』などが、自然現象としての死を粛々と受け容れることを人々にアドバイスした自己啓発本として浮上してくる。 ところが19世紀半ばのイギリスとアメリカで、「人間の魂(=霊)は不滅なのではないか」という言説が登場してきたことから、「死をめぐる自己啓発本」の趨勢は一変する。この時代、電波の発見をはじめとする科学的発見が相次いだことを背景に、目に見えない霊もまた実在するのではないかという類推が生じ、「人間は死んでも霊となって存続し続ける」という考え方が、人を死の恐怖から遠ざけるための自己啓発的言説となって蔓延し始めるのである。そしてこれ以後、「臨死体験研究」や「体外離脱研究」、さらには「生まれ変わり研究」といった科学的研究の進歩が、「人間は死なない」というオカルト的言説を助長するという奇妙な現象を生み、今日に至るまで人間の死生観に影響を与えている。 本論では古代ギリシャの哲学的言説から21世紀の「トランス・パーソナル心理学」まで連なる一連の「死をめぐる自己啓発本」の歴史を繙き、自己啓発本出版史の特異な一側面を明らかにした。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究では、ハワイ大学において、ハワイ独自の自己啓発思想である「ホ・オポノ・ポノ」についての文献調査を行う予定であったが、コロナ禍の状況に鑑み、当初の予定を変更し、国内で行える調査に基づいて研究活動を行った。そのような予期せぬ状況はあったものの、既に収集してあった各種資料の読解と分析に時間をかけることによって、アメリカにおける自己啓発思想の進展とベビー・ブーマー世代のメンタリティの相関関係を明らかにする長文の論文をまとめることが出来たことは大きな収穫であった。この論文は将来的に公刊する予定の研究書の一章分に相当するものであり、そのことを踏まえても、本年度の研究計画は「おおむね順調に進展している」と判断してよいと思われる。 なお、上記のような理由により、本年度に予定していた研究費の全額を使用することができなかったが、これについては翌年度に繰り越し、有意義に使用する予定である。
|
Strategy for Future Research Activity |
アメリカ合衆国を起源とする自己啓発本は、第二次世界大戦直後に生まれた「ベビー・ブーマー世代」を主たる読者層としており、その世代の興味・関心の変遷に沿うように、自己啓発本が扱うテーマも変化してきた。本研究テーマにおいても、本年度(令和3年度)に発表した「『死をめぐる自己啓発本』出版史」という論考は、70歳代を迎えたベビー・ブーマー世代の興味・関心が自らの「死」に向いてきたことを検証する意味合いがあった。 これまでの研究活動によって、本研究が目指すアメリカの自己啓発本出版史の大方はカバーできたが、現時点では「エサレン研究所」についての調査・分析が課題として残っている。カリフォルニア州にあるエサレン研究所は、1970年代のアメリカに流行を見た「ヒューマン・ポテンシャル運動」の牙城であり、エサレン研究所の動向を調べることは、そのまま1970年代のアメリカにおける自己啓発思想の在り様を考察する鍵になると思われる。そこで令和4年度においては「エサレン研究所とヒューマン・ポテンシャル運動」というテーマを設定し、1970年代のアメリカの主要な自己啓発思想であるヒューマン・ポテンシャル運動についての調査・考察を進めていきたい。 また令和4年度には、学術的な調査・考察と並行して、アメリカの自己啓発思想全般の解説と、主要自己啓発本の内容・特徴・社会的影響などを記した一般読者向けの啓発的な入門書を執筆し、出版する予定である。学術的研究の成果をその分野に関心を持つ一般読者に向けて公開することもまた研究活動の重要な一環であると考え、自己啓発本についての啓発書の執筆・出版についても、令和4年度内に実現させたいと考えている。
|
Causes of Carryover |
(理由)本年度の研究では、ハワイ大学において文献調査を行う予定であったが、コロナ禍の状況に鑑み、当初の予定を変更して国内で行える調査に基づいて研究活動を行った。そのため、旅費として申請した額が使用できず、次年度使用額が生じた。 (使用計画)次年度に関しても、コロナ禍によって状況は流動的であるが、もし状況が緩和してアメリカへの渡航が可能になれば、本来2年目に計画していたハワイ大学での文献調査を含め、アメリカの自己啓発本の出版史についての研究を進めていく。
|
Research Products
(1 results)