2021 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
20K00396
|
Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
竹内 美佳子 慶應義塾大学, 商学部(日吉), 教授 (00227000)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | アフリカ系アメリカ文学 / リチャード・ライト / 実存哲学 / ニーチェ / 第二次世界大戦 / ナチズム / 冷戦 / マッカーシズム |
Outline of Annual Research Achievements |
アフリカ系アメリカ文学の開拓者であるリチャード・ライト(1908-60)の第二長編小説を中心に、現代アメリカ文学のレジスタンスを研究した。ライトは、人種問題を告発する『アメリカの息子』(1940)によって20世紀アメリカ文学の前衛に立った。しかし、渡仏して亡命作家となった後に著す第二長編小説『アウトサイダー』(1953)は、必ずしも理解を得られなかった。アメリカの批評家は一様に、ライトが祖国に根差す創造力を失ったと考えた。 本研究は、冷戦構造と実存哲学という二つの観点から、犯罪小説『アウトサイダー』を再評価した。20世紀中葉の社会状況下にライトが強めた問題意識を探るため、ニューディール以降の人種政策と、マッカーシズムの言論抑圧について調査した。ライトは過去の共産党員歴ゆえに、渡仏後もアメリカ国家機関の標的となる。ライトの描く暴力の連鎖は全体主義化する世界を照射することが、社会史と伝記の検証を通して浮上した。作品研究では、従来の批評で等閑視されてきた犯罪捜査官の視点から、登場人物の発話分析を行った。小説のエピグラフに掲げられたニーチェの箴言に注目し、ライトの創造意図に迫ることが分析の核となった。ナチズムによってニーチェ哲学が歪曲された第二次世界大戦期の思想受容史を辿り、その上で小説の根底にある思惟を解読した。ライトが実存哲学の「力への意志」に対する理解に基づき、世界戦争と主人公の犯罪とを同時に断罪していることを、一連の考察により論証した。 アメリカを去って亡命作家となったライトは、冷戦構造を地球規模の視野で捉え、人間を国家主義の呪縛から解き放つ創造を展開した。本研究は、既存の批評を問い直し、ライトの問題作に新たな評価を加えた点で意義深い。成果を「戦争の世紀――リチャード・ライトの『アウトサイダー』」と題する論文に発表した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現代アフリカ系アメリカ文学の抵抗思想を探るため、リチャード・ライトの問題作を多角的に考察した。作家研究は、主要な伝記のほか、連邦捜査局および中央情報局との確執を記録した文献に基づいて進めた。作品研究に当たっては、ライトの論及した『ツァラトゥストラ』と『道徳の系譜』を中心とするニーチェの著作に理解を深め、ライトの文学が体現する社会意識を重点的に考察した。ライトの第二長編小説が内包する実存哲学との間テクスト性を、20世紀の社会情勢に照らして解読することができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
欧州で亡命作家となったリチャード・ライトが、小説に導入した実存主義の概念を新たな世界史の文脈に発展させてゆく思考の道筋を、後期作品に探る。さらに、ライトと深い親交のあったアフリカ系アメリカ人作家を対象とし、同時代に書かれた小説、評論、書簡、講演原稿を分析する。20世紀半ばに欧州と米国で創造された作品群の比較研究を通して、アフリカ系アメリカ文学の社会的影響力を追究する。
|