2022 Fiscal Year Research-status Report
ロバート・グリーンの改心物語とノリッジにおけるピューリタン人脈に関する研究
Project/Area Number |
20K00422
|
Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
井出 新 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (30193460)
|
Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | 英文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度はロバート・グリーンの回心体験物語『ロバート・グリーンの改悛』(1592年出版)の分析を行った。それによって以下の二つのことが明らかとなった。 (1) グリーンは16 世紀文化に浸透していた回心体験物語と決疑論を用いながら、故郷ノリッジのピューリタン共同体に復位した罪人として自分自身を成型することで、新しい作家としてのアイデンティティを獲得し、出版戦略的に有利な立ち位置を確立しようとした。その際、彼がナラティヴに積極的に取り入れたのが、ノリッジのピューリタンに広く受け入れられていた教義と「神に選ばれし者」に特徴的な兆候である。グリーンはそれを忠実になぞりつつ、同時にノリッジの聖アンドリューズ教会の説教者ジョン・モアの説教による一時的な回心の逸話を絶妙な形で体験談に組み込みながら、最後の劇的回心における聖霊の奇跡的な働きを確証として示し、読者に向けて彼の「現実」を創り出そうとしたのである。 (2) とは言え、グリーンの回心物語を、作者としてのアイデンティティを形作るために用いた単なる文学的技巧であり、事実無根のフィクションだったと考えるのは誤りである。自己に関する語りというものは、我々にとってもグリーンにとっても、自らが体験した「現実」を系統立てて構成するために不可欠な精神の働きだからである。R. ヘルガーソンは「グリーンにとっての回心は自己に戻ること、すなわち聖書の喩え話や人文主義的道徳によって規定された自己に戻ることを意味する」と述べた。 換言すれば、グリーンは自分自身の回心を物語ることによって、知覚可能な知識の材源から自己を立ち上げ、自己を(再)解釈し、(再)構築し、そして(再)定義する、ということだ。その過程で、ピューリタン共同体の一員としてのアイデンティティを形作る基本的な様式が、ナラティヴのいわば下部構造として機能している。 以上が本研究の新しい知見と言える。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ感染症の流行により、3年ほどイギリスで資料収集を行うことができなかったので、作品分析を最優先して行い、ある程度の進展を見た。とりあえずの成果を「エリザベス朝のピューリタン回心体験ナラティヴ─『ロバート・グリーンの回心』(1592) を巡って」(藝文研究)という論文の形で発表することができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
最終年度はイギリスでの資料収集を完了し、それを元に英語での論文発表を準備する。
|
Causes of Carryover |
コロナ感染症の流行により、海外調査に思うように行けず、研究をまとめるのに時間がかかったため次年度使用額が生じた。使用額271,590円については最終年度の海外調査旅費に用いる予定である。
|
Research Products
(1 results)