2020 Fiscal Year Research-status Report
Middle English literature in a trilingual society
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20K00428
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
和田 葉子 関西大学, 外国語学部, 教授 (00123547)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | Middle English / trilingual / Latin / French / manuscripts / Ireland / MS Harley 913 |
Outline of Annual Research Achievements |
中世英文学の研究はこれまで、当然のように中英語で書かれた作品のみを対象に行われてきたが、本研究によってその他の言語との関係も考慮に入れることが非常に重要であることが明らかになった。その研究方法は次のような中世イギリスには複数の言語が使用されていた事実に基づく。すなわち、ラテン語は権威のある言語と考えられていたため、公式の文書に使用され、フランス語は1066年のノルマン人の征服以降、支配者の言語として行政に関連するすべての場で使われていた。しかし、庶民は英語を話していた。そのように3言語が使用されていた中世のイギリスでは、英語だけでなく、ラテン語やフランス語でも文学作品が生み出されていた。 今年度、研究に取り上げたロンドンの大英図書館所蔵の写本、Harley 913には3言語による作品が収録されている。この写本は1330年頃、アイルランドで筆写され、ラテン語で書かれた作品が最も多く、フランシスコ修道会に関連する記録も見られることから、フランシスコ会の托鉢修道士が筆写したと考えられる。中英語の収録作品には、当時の社会や聖職者を諷刺したものや、凝った言葉遊びをしているものもある。同じ写本の中のラテン語やフランス語で書かれた作品のいくつかには、紛れもなく反アイルランド人的思想が貫かれている。その上で、中英語作品を読み返すと、当時、イギリスから植民を目的にアイルランドにやってきたアングロ・ノルマン系の人々の視点がはっきりと見えてくる。 この例に見られるように、ひとつの写本に収録されている複数言語による全ての作品が、お互いにどう関連し合っているのかを明らかにし、同時に時代背景も合わせて考察することによって、中英語の作品をより正しく理解することが可能になる。これは、中世英文学の研究は、写本に立ち戻り、写本全体のコンテキストの中で作品を研究すべきだという重要な考え方につながる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度、コロナ禍のため、計画していた海外での研究調査を行うことができなかった。例年であれば、現地の図書館で偶然、貴重な資料を見つけたりするのだが、今回はそのような機会がなかったのは非常に残念であった。しかし、ロンドンの大英図書館所蔵のMS Harley 913については、デジタル化された写本の映像があるので、それを活用して、国内で研究を進めることが出来た。海外の研究者とはZoomやSkypeを利用して意見交換を行った。 今年度は写本Harley 913に収録されているラテン語の作品を中心に調査を行った。その成果の一部として、古英語の伝統を引き継いでいると思われる、いわゆるfamily riddleと呼ばれる家族の中の血縁関係をテーマにした謎々を考察し、論文に発表した。この非常に複雑な家族関係についての謎々の答えの鍵になっているのは近親相姦である。そして、現存する記録から、謎々に登場する父親の名前はアイルランド最初の王と伝えられている人物の名前と同じであることが判明した。そして、謎々に現れる息子の名前もアイルランド人の名前、あるいはアイルランドの地名であると考えられることから、おそらくアングロ・ノルマン人がアイルランド人を近親相姦する民族として揶揄したものであることが察せられる。この謎々以外にも反アイルランド人の思想が表われている作品がこの写本に収録されている。それらは写本が成立した社会状況や写字生の人物像を明らかにする手掛かりになると考えられる。 今年度は上記に加え、MS Harley 913に筆写されている他の作品についても丁寧に読み進むとともに、中世アイルランドの政治、宗教に関する資料を集め、当時の社会状況とこの写本の成立との関わりを考察しながら、各作品の解釈をした。
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Strategy for Future Research Activity |
海外出張が出来るような状況になるまでは、インターネット上で公開されている中世写本のデジタルイメージを活用して写本調査を継続する。そして、今年度同様、海外の研究者とは今後もオンラインを利用してリアルタイムで新しい情報の交換等をする。今後は、3言語による作品が収録されている写本、例えば、大英図書館所蔵の MS Harley 2253の調査を行う。また、中英語の散文、Ancrene Wisse(隠遁修道女の手引き)のように、ひとつの作品が複数の言語に翻訳された場合についても考察する。通常は、ラテン語やフランス語の作品が、多くの人々に理解される中英語に訳されていた。しかし、非常に興味深いことに、Ancrene Wisseの場合は中英語のテキストが原作であり、そこからフランス語とラテン語のヴァージョンが生まれている。その理由を探るために、本研究で新しい方法を提案したい。それは、写本間の関係を明らかにするために、従来のように各写本の言語の異同を調査するのではなく、各ヴァージョンのテキストが収録されている写本に注目し、そこにどの言語による、どのような作品とともに筆写されているのかを調べる。それによって、3言語の社会における役割を知ることができ、それぞれのヴァージョンがどのような読者層に向けて書かれたのかが推測できる。それらを総合的に見た上で、複数言語のヴァージョンが生まれた背景を探る。さらに、John Gower (c 1330-1408)のように3か国語で作品を書いた作家について、言語の選択理由について考えたい。また、ひとつの中英語の韻文の中にラテン語またはフランス語が混じっている場合(macaronic poetry)もある。これについても、何故そのような作品が生まれるに至ったのかについて考察する。最終年度の2024年度には、研究の総括として成果を単行本にして出版する計画である。
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Causes of Carryover |
今年度はコロナ禍のため、夏季休暇中に海外出張が出来なかったため、予算を支出することが出来なかった。来年度は、コロナの感染状況が収束し渡航が可能になれば、夏季休暇または春休みを使用して、アイルランドのウォーターフォード市立図書館、または、アメリカ合衆国ノース・カロライナ大学チャペルヒル校の図書館において研究調査を行う計画である。また、3言語で書かれた写本や、3言語で作品を書いた作家、そして中英語にラテン語またはフランス語が含まれている韻文についての文献を入手する。
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