2023 Fiscal Year Research-status Report
Middle English literature in a trilingual society
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20K00428
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
和田 葉子 関西大学, 外国語学部, 教授 (00123547)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | Middle English / trilingual manuscripts / Old French / Latin / MS Harley 913 / MS Harley 2253 |
Outline of Annual Research Achievements |
1066年、ノルマン人がイギリスを征服し、その結果、フランス語を母語とする人々がアングロ・サクソン人に取って代ってイギリスを支配した。そのため、宮廷をはじめ、行政、法律、軍事に関わる場では英語ではなく、フランス語が使われるようになった。ラテン語は、教会の権威のある言葉であり、知識人が学問を論じるための言語でもあったので、中世のイギリスでは庶民が話していた英語に加えて、フランス語とラテン語の3か国語が使用されていた。 そのような状況だったので、一つの写本の中に複数の言語による作品が収録されていることはよくあった。こうした作品群は、様々な言語によって書かれた作品から成っていても、同じ社会的、文化的コンテキストの下で、一つの目的をもって、ある読者(層)のために筆写されていたと考えられる。そうした写本の成立の詳細を知るためには、作品を個々に扱ったり、言語ごとに別々に研究するのではなく、複数の言語で書かれた作品群を一つの全体として研究すべきである。しかし、現状では、例えば、中世英文学においては、その写本に収録されている中英語の作品のみを集め、英文学というくくりの中で研究が行われている。本研究では、三言語の文学作品を一つの総体として観察することによって、写本の書かれた当時の状況が明らかになり、個々の作品の意味を深く理解出来ることを証明した。 さらに、異なる言語による作品が混在していても、作品の並べ方に大きな意味があること、そして、どの言語で書くのかという選択が、民族的な社会背景を反映していることもわかった。また、ラテン語の古典文学を元にした、英語やフランス語によるパロディの作品も多く、中世イギリスに生きた作家たちが、三か国語に堪能で、自由自在にそれぞれの言語を駆使して知的な諷刺作品を書いていたことも明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ蔓延のピークも過ぎ、今年度は海外での研究調査を予定していたが、変形性股関節症の治療のための手術を行い、渡航できなかったのは非常に残念であった。しかし、有難いことに、ロンドンの大英図書館所蔵の写本Harley 913は、すべてのフォリオの画像がデジタル化され、その鮮明なイメージをインターネット上で公開しているため、テキストへの書き込みなど、詳細にわたる研究が出来た。また、今年度も引き続き、メールやズームを利用して、アメリカ、イギリス、スペインの中世研究者と最新の情報を交換した。 具体的な成果としては、写本Harley 913に収められている中英語で書かれた詩『コケインの国』で使われているrussinという語がフランス語(正確にはノルマン・フレンチ)であることを明らかにした。これまで、この語はすべての学者によって、写本が筆写されたアイルランドの言語に由来すると考えられていた。その研究成果は国際的なジャーナルであるPoeticaにまもなく掲載されることが決まっている。また、14世紀に、イギリス中西部で筆写された大英図書館所蔵の写本Harley 2253に収録されている堕落した当時の修道会を諷刺した『ゆるき良き修道会』についても興味深い事実がわかった。すなわち、この作品はフランス語(ノルマン・フレンチ)で書かれており、一見、当時存在するすべての修道会を等しく批判しているように思われるのだが、実際には、修道会の中で唯一イギリス発祥のギルバート会を名指しで諷刺した詩であることがわかった。すなわち、フランス語話者であったイギリスの支配者階級が、アングロ・サクソン人の設立した修道会を嘲笑しているのである。フランス語で書くことにより、これら二つの民族の対立が際立ち、より皮肉が効いた作品に仕上がっている。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は変形股関節症のため手術を行ったので、海外での研究調査が出来なかった。しかし、今のところ、術後、比較的順調に回復している。したがって、様子を見ながら、来年度は夏季休暇、または2月後半から3月の間に、イギリスの大英図書館(ロンドン)、ケンブリッジ大学図書館、アイルランド共和国のアイルランド国立図書館(ダブリン)及び同じくアイルランド共和国のウォーターフォード市立図書館において写本の調査を行うとともに、日本では入手が困難な資料の収集をする計画である。現地では、同じ専門分野の研究者と最新情報の交換する。特にケンブリッジにはイギリス国内だけでなく、欧米各地から学者が研究に訪れるので、有益な議論が出来る機会を提供してくれる。また、来年度の秋には、ハーバード大学の中世研究者であるジェームズ・シンプソン教授を、私の本務校である関西大学に招へいすることが決まっており、共同研究をするので、この機会も大いに役立てたい。 今後の研究対象としては、大英図書館所蔵の写本Harley 913の収録作品と関係の深い作品を含む、3言語で書かれた作品を収録する Harley 2253等の写本、及びAncrene Wisse(隠遁修道女の手引き)の中英語と、その古フランス語およびラテン語の翻訳ヴァージョンを収録した17の写本を扱う。最終年度には研究の総括として成果を単行本にして出版する計画である。
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Causes of Carryover |
2020年度からコロナ禍で海外での調査研究が行えなかったことに加えて、今年度予定していた海外出張が出来なかったのは、変形性股関節症のための手術を行ったからである。現在のところ、術後の回復が比較的順調なので、様子をみながら、夏季休暇あるいは春休みを利用して、イギリスのケンブリッジ大学図書館、アイルランド共和国の国立図書館(ダブリン)およびウォーターフォード市立図書館で、写本調査および資料収集をする計画である。
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Research Products
(2 results)