2020 Fiscal Year Research-status Report
Sartre's Development of Moral Theory and <Russell tribunal>
Project/Area Number |
20K00471
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
南 コニー 神戸大学, 人文学研究科, 助教 (10623811)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | サルトル / ラッセル法廷 / グローバルジャスティス / フェミニズム |
Outline of Annual Research Achievements |
ヴェトナムにおけるアメリカの戦争犯罪を裁くために開かれた世界で最初の「民衆法廷」であるラッセル法廷は、北爆が激化した1966年にバートランド・ラッセルの提唱のもと、サルトルを裁判長として開かれたが,当初予定していたパリやロンドンでの開催が米政府及び主要な欧州各国政府の妨害により困難になったためストックホルム、東京、ロスキレ(デンマーク)で行われた。現在もなお世界の各地で続けられている民衆法廷の歴史的意義は計り知れないが、特筆すべきはこの民衆法廷の思想史的意義である。つまり、「裁かれる思想家」から「裁く知識人」へという思想史的転換である。これまでの思想史は権力によって思想家が裁かれてきた歴史でもあったが、「民衆法廷」は思想家や知識人が能動的に、理不尽な国家権力を裁くことを呼びかけた歴史的事件であり、そこでは「権力法廷」から「民衆法廷」へのパラダイムシフトが起こっている。つまり民衆が裁判の主体となり、執行者にもなり得るという新しい価値観を提起した点において民衆法廷は思想史、法思想史、国際法だけでなく裁判の歴史においても画期的な一つの転換をもたらした。今年度の研究では、このような意義を持つ「ラッセル法廷」でのサルトルの動きを1957年に始まると考えられる彼の第2期のモラルの探究の一環と位置づけつつ,この裁判を通して彼がいかに個人の自由あるいは,閉塞した自己疎外が伴う孤立性に基づく第1期のモラルを脱し、個人と他者、社会の相互承認に基づいた具体的状況下での社会的モラルを追究したのかを明らかにした。また1966年当時のデンマーク等の新聞に掲載されたサルトルのインタビュー記事なども発見しているので、これをもとにさらなる分析を進める予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新型コロナウィルスの感染の広がりのために、フランスやデンマーク等の国々への資料収集には出かけられなかったが、研究はおおむね順調に進んでいると考えられる。デンマークやスウェーデンなどの新聞に掲載された1966年当時のラッセル法廷に関する報道を基に、ラッセル法廷の開催をめぐって闘わされた議論の詳細を把握することが可能になった。また、ラッセル法廷後、サルトルがヴェトナムのボートピープルの人たちにたいしてどのような救いの手を差し伸べたのかも研究することによってラッセル法廷を支えるグローバルジャスティスの考察を深めることができるものと思われる。このような考察を進める一方で、今年度は、グローバルジャスティスのもう一つの展開面としてのフェミニズム運動にも注目し、2本の論文を執筆した。「『人形の家』における「人間精神の革命について」」(『女性学評論』第35号、神戸女学院大学、2021年3月、1-20ページ)では、『人形の家』の主人公ノラのもつ斬新さとその限界を分析しつつ、女性の解放へと向かう可能な道筋のいくつかを提案した。また、「女性と労働:北欧社会主義フェミニズムにおける民主主義の実践」(『紀要』第48号、神戸大学文学部、2021年3月、239-257ページ)では、最新の統計を駆使しつつ、ジェンダー間の平等のために何が必要になるかの考察を行った。これらの論考はサルトルの思想の展開の可能性のひとつとして有意義な試みと思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウィルスの感染状況次第で研究方法が変わってくる可能性はあるにしても、手持ちの資料をさらに深く読み込むことで研究計画の推進は可能であり、計画そのものに変更を加える必要はないと考えている。 また、2019年8月に私がデンマークのロスキレで主催したラッセル法廷に関するシンポジウムに関心をもったフランスの映画会社から、ラッセル法廷に関するドキュメンタリー番組制作への参加の依頼がきている。本研究課題の成果を世界中に知らせる大きな機会だと考えている。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルスの蔓延のため2020年度の助成金を使うことができなかったので、2021年度に繰り越しをしたため。
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