2021 Fiscal Year Research-status Report
The "Catholic Epistles" in the History of New Testament Literature: On Its Relationship with Pauline Christianity
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20K00472
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
辻 学 広島大学, 人間社会科学研究科(総), 教授 (50299046)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ヤコブ書簡 / パウロ / ディアスポラ・ユダヤ教 / 律法理解 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、研究対象となる「公同書簡」のうち、とくに「ヤコブ書簡」を取り上げ、この新約書簡がパウロとどのような関係にあるかを立ち入って考察した。20世紀後半からとくに、ヤコブ書簡の著者(本書間はパウロ後の時代に書かれた偽名文書)が批判しているのは、パウロ自身の教説ではなく、パウロ神学を誤解した人々であり、パウロ神学の正しい理解をヤコブ書簡の著者は促しているという主張が支配的になってきた。 これに対して筆者は、ヤコブ書2章のテキスト分析を通して、著者がどのような視点からパウロを批判しているかを明らかにしようと努めた。ヤコブ書簡の著者は、ユダヤ教律法を「隣人愛の戒め」に集約してしまうパウロの律法理解を批判し、律法はその全体が有効であり、全てが守られるべきだという、極めてユダヤ教的な視点を提示している。しかし他方、ヤコブ書簡には、律法の祭儀的側面(割礼や食物規定)の遵守という、パウロの生前に問題となった論点は見られない。ヤコブ書簡が反映しているのは、ディアスポラ・ユダヤ教(パレスチナから離散して住んでいるユダヤ人たちの宗教)の律法理解であり、律法全体の有効性は保持する一方で、律法をユダヤ人を超える普遍的規範と見做し、その倫理的側面をより重視する立場である。つまり、ディアスポラ・ユダヤ教の律法理解を受け継いだユダヤ人キリスト教が著者の背後にはあると考えられる。このことは、律法を「植え付けられたロゴス」(1章21節)、また「自由の律法」(1章25節、2章11節)という、よりヘレニズム哲学に近い表現で言い表していることからも見て取れる。 上記の結論に辿り着くまでに、予定より時間を要したので、年度内の研究成果発表には至らなかったが、次年度早々に学会発表と論文化を行う予定である。 なお、「主の兄弟ヤコブ」の原始キリスト教における役割を、洗礼に焦点を当てて考察する論文を、本研究の関連で公表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の予定では、ヤコブ書簡の分析結果を公表する予定であったが、コロナウィルス対策で大学業務に時間を予想より多く取られたこともあり、若干の遅滞が生じた。また、研究成果を発表する予定であった国際学会への参加が難しくなったことも、遅れの原因である。しかし、発表の準備はできており、また次の分析対象として予定されているユダ書簡・第二ペトロ書簡の分析のための準備もできている。
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Strategy for Future Research Activity |
最初の分析対象であった第一ペトロ書簡については、その結果を一般に還元すべく、第一ペトロ書簡を主題とする連続講義を2022年度に開始することになっている。その原稿を元にして、第一ペトロ書簡についての学術的注解書も執筆することになっており、早急にとりかかる。 ヤコブ書簡については、2022年度内に上記の成果を学会発表し、論文にする予定である。ユダ書簡・第二ペトロ書簡についての分析を2022年度は精力的に進めていく。とくに、ユダ書簡がパウロとどのような関係にあるかについては、まだ定説がないため、その点を重点的に考察する予定である。 全書簡の分析が仕上がったら、それらをまとめて、学術的な単行本として発行する計画にしている。
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Causes of Carryover |
コロナウイルスの影響により、当初の研究計画段階で参加を予定していた国内学会および国際学会大会の不開催ないしオンライン開催が続いたこと、また資料収集のための出張も不可能になったことで、旅費として計上していた分がほとんど未使用となったのが、次年度使用額が生じた理由であった。次年度は現地開催となる予定の学会大会が多いので、コロナウイルスをめぐる状況が悪化しない限り、積極的に学会に参加し、研究成果を発表し、また資料収集にも努める計画である。
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