2022 Fiscal Year Research-status Report
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20K00473
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
高木 信宏 九州大学, 人文科学研究院, 教授 (20243868)
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Project Period (FY) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | スタンダール / 『パルムの僧院』 / 手沢本 / 修正過程の考察 / 生成論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度(令和4年度)は,当初の計画ではフランスに渡航し,スタンダール『パルムの僧院』の手沢本のうちのひとつ,パリ市立歴史図書館が所蔵するランゲー=アザール本を閲覧し,同書への著者の書き込みを考察する予定であったが,ロシアによるウクライナ侵攻の影響で不安定化したヨーロッパの政治状況を憂慮し,渡仏調査は断念した。しかしながら,他方ではアメリカ合衆国のモルガン図書館(ニューヨーク市)から同小説の手沢本であるシャペール本(2巻)の画像を入手することができたので,その画像にもとづいて作者の自筆による書き込みの転写と考察とを行うことができた。1921年にパリのシャペール本のファクシミリ版がシャンピオン書店から少部数・限定私家版で出版されたが,フランスにおいても入手,閲覧ともにほぼ不可能であった。こうした研究状況を改善するべく,1966年にヴィクトル・デル・リットがシャペール本の複製本を公刊しているものの,しかしながら同書はシャンピオン版の複製の複製であり,画像の解像度はけっして高くなく,とりわけ鉛筆での書き込みの解読はかなり難しい。今回の調査では,そういった画像の低いクオリティーに起因する先行研究の誤読や見落としなどを確認することができた。また上記の作業と並行して,記述内容についても考察を行い,修正箇所のなかでもオノレ・ド・バルザックによる作品受容の問題に関係する書き込みを見つけ出し,それにもとづきながら,スタンダールがバルザックがものした『パルムの僧院』の書評「ベール氏研究」のなかの一節をどのように受け止めたのかについて,先行研究の解釈を修正する知見を提起することできた。この成果は学術論文にまとめて公表しているが,さらには仏語論文としてもフランスで刊行されているスタンダールあるいはバルザックの専門研究誌に投稿する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ロシアによるウクライナ侵攻という予期せぬ事態に直面し,当初の渡仏による調査は見送らざるをえなかったが,しかしニューヨーク市のモルガン図書館よりシャペール本の写真複製を入手できたことで,本研究課題の研究はおおむね順調に進展していると考える。シャペール本の書き込みの転写作業と分析,さらには先行する複製本や校訂版との照合にもとづく解読の訂正作業も滞りなく進めることができ,一連の作業による研究成果を学術論文にまとめて公表するにいたったことが,自己点検による評価の主要な根拠となっている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究の推進方策としては,フランス国立図書館から入手できた『パルムの僧院』のもうひとつの手沢本であるロワイエ本の複製画像についても,シャペール本の場合と同じく,解読と転写,先行研究との付き合わせなどの作業を実施し,前者の研究結果と統合しつつ,スタンダールによる修正過程の全容を解明する研究を前進させたい。この方策と併行して,年度内にフランスに渡航し,先送りしたパリ市立歴史図書館でのランゲー=アザール本の閲覧・調査を実施し,マテリアルな側面からも手沢本の研究を試みる予定である。また,それとは別に書き込みの記述内容の考察にも着手し,テーマ論的な観点から表現の修正にかんする分析をおこないたい。以上の方策による研究成果については,学術論文にまとめて公表する予定である。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由としては,先の読めない新型コロナウイルスの感染状況,ロシアによるウクライナ侵攻というヨーロッパ全体を巻き込んだ不安定な政治状況,勤務校での種々の用務のスケジュールなどが相まって,フランスへの渡航による手沢本の調査と文献の収集が計画通りに実施できなかったことに尽きる。次年度は,先送りした渡仏調査を実施するだけでなく,シャペール本の書き込みのうち難読箇所の解読を進めるために,フランスより自筆草稿の解読に長けた研究者を招く予定である。
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